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 店内にいた最後の1組が会計を済ませてお店を後にしたのを見届ける。閉店時間を間近に控え、私とレルーシュカはいそいそと閉店準備を進めていた。
 その途中、衛輔くんのためだけにつくった特別なシュトーレンを見てレルーシュカは含みのある笑みを私に向けた。

「後でモリスケ取りに来るんだっけ?」
「……そうだけど、レルーシュカにやにやしすぎ」
「ごめんごめん。でもするでしょ。なんか可愛いんだよね、ふたりって」
「可愛い?」
「見た目とか、距離感とか」

 別にそんなレルーシュカがにやにやするほどの可愛さはないと思うけど。そんな思いを抱いて口にしようとすれば、来店を告げる鈴の音が店内を満たした。

「あ、噂をすれば」
「ドーブライヴィーチェル。悪い、ギリギリに」
「平気平気」
「ちょうど今ふたりでモリスケのこと話してたの」
「俺のこと?」
「あー、いや違うよ。なんでもないの。衛輔くんいつシュトーレン取りに来るかなぁってだけ」

 レルーシュカが余計なことを口走らないようにと慌てて言う。私と衛輔くんを見比べて相変わらず楽しそうな様子のレルーシュカを横目に、私は丁寧にラッピングした小さいシュトーレンを衛輔くんに差し出した。

「これなんだけど」
「ラッピングまでしてんじゃん」
「クリスマスの雰囲気出るかなって」
「よく見るとサンタの絵が書いてる」
「じわじわ可愛いなってなってくるよ」
「なんだよ、じわじわ可愛いって」

 リアルなサンタの絵柄に最初は笑ってしまいそうになったけど気がつけば愛着を持つようになったことを伝えれば衛輔くんはいつものように柔らかく笑った。

「もう終わりなら待つけど」
「え?」
「帰るなら一緒に帰ろうぜ。レルーシュカは?」
「彼氏のところに寄って帰るからふたりで帰って」
「そっか」

 いま絶対レルーシュカ、余計な気回しをした。きっと今日、彼氏のところには寄らないであろうレルーシュカが目線を向けてウインクを投げかける。だから本当に違うってば。衛輔くんの手前、それを言うことすらできないままだ。
 付き合うとか付き合わないとかそういうのを想像する隙間がないくらい、私は満足している。レルーシュカに言わせればそれが可愛らしい距離感なんだろうけれど、少なくとも私にとって不足しているものはなかった。

「バーブシカに終了の報告だけしたら終わりだから適当に座ってて」

 レルーシュカと共に残りの閉店の準備を急ぐ。最後のチェックを終らせて、バーブシカに連絡を入れ、厚手のコートと厚手のマフラーを身に着けて私達3人はお店を出た。シャッターを下ろし、レルーシュカに別れを告げて私と衛輔くんはトラムに向かう道を歩く。

「筋トレの調子は?」
「最近は筋肉痛になることも減ったかな」
「じゃあそろそろ負荷強くしてって良いころだな」
「う……またあの筋肉痛地獄が始まるのか……」
「筋トレに終わりはない。まあ毎日するもんじゃないし、ストレスにならない範囲で名前のレベルに合わせてやるのが1番だからさ。必要なら今度フォーム見るし」
「フォームの確認してほしいけど衛輔くんにかっこ悪いところみせるのも恥ずかしい……」

 マフラーの中で口籠るように言えば、衛輔くんは大きく口を開けて笑った。その笑い声が白い息となって、雪と共に落ちていく。

「アドベントカレンダーは? 毎日開けてんの?」
「開けてる! 25日は少し大きいお菓子なんだけど何かなって今からワクワクしてて……あっ、ちゃんと他でカロリー調整してるよ!?」
「責めてないって。楽しそうだなって思っただけ」
「ごめん、自分の話ばっかり」
「なんで謝るんだよ。俺から聞いたんだし。それに面白いからもっと続けてくれて全然いいけど」
「そう言われると難しいな」

 トラム乗り場に着き、道路を挟んだ目の前にある広場ではクリスマスマーケットの設営が始まっていた。そう言えば来週からお店もクリスマスの飾り付けを本格的にすると言っていたことを思い出しながら衛輔くんに話しかける。

「クリスマスマーケット」
「ん?」
「あ、いや、もう少しで始まるねって」
「だな。去年はキーラたちと少し見た程度だったから今年はゆっくり見て回りたいけど」
「私は去年、たしかソーニャとスケート滑った」
「まじ? あれ楽しそうだよな」
「滑れるソーニャの隣で産まれたての子鹿みたいになってたんだよ……」
「まじかよ。あー……じゃあ今年は一緒に行こうぜ」
「え、いいの?」
「悪かったら誘わないって」
「いくいく!」
「じゃあ決まりな」

 今年もソーニャかレルーシュカか衛輔くんか、誰かと一緒に行ければ嬉しいなと思っていたけれど、予想していなかった誘いに私の心は躍る。街灯と月の光を浴びてやってきたトラムに乗り込んで、窓に映る自分と目が合う。
 毎日アドベントカレンダーをめくるように、私はきっとその日を楽しみにして、待ちわびるようにこれからの日々を過ごすのだろう。

(21.01.04)