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「衛輔くん時間つくってくれてありがと」
「全然お礼言われるようなことじゃないって」

 11月末日、私は衛輔くんと共にエカチェリンブルクのメイン通りでもあるヴィネラストリートを歩いていた。
 別名ウラルアルバートとも呼ばれているここは、市の中心部に位置し可愛くておしゃれなカフェや有名なブランドのショップも立ち並ぶエカチェリンブルクのショッピングストリートだ。
 歩行者天国になっているウラルアルバートは家族連れや犬の散歩をしているご婦人もよく目にするけれど、時々、大道芸人や演奏家が小銭稼ぎをしている人達もいて、賑わいを見せるこの通りが私は結構好きだった。

「いやでも名前が筋トレ始めたいって言ったときはすげー驚いた」
「キーラにも本気か? って何度も聞かれたよ」
「全然教えるし、ウェア選びも手伝うけど、なんでいきなり?」
「前々から興味はあったんだけど、ほら冬ってイベント続くでしょ? ケーキの試作もあって体重増えそうだからと思って」
「あーなんだっけ、ほら、クリスマス前からゆっくり食べてくやつ」
「シュトーレン?」
「それ。作んの?」
「作るよ。今年はね、メインで作ってもいいよって言ってもらえたから気合い入ってるんだ」

 スポーツ店で買ったトレーニングウェアの袋を揺らしながら休憩するためのカフェを選ぶ。筋トレするって言ったそばから甘いものを食べるわけにもいかないので、一先ずということで歩いてすぐの所にあるコーヒーチェーンを目指していた。

「じゃあ買いに行く」
「えっいいよ、ドライフルーツたくさんはいってるしあの大きさじゃ糖質えぐいよ」
「シャルロートカ食ってるんだから今更だろ。それこそ他で調整するって」
「じゃあ衛輔くん用に小さめのシュトーレンつくろうかな」
「まじ? いいの?」
「勿論だよ」
「俺は別にめちゃくちゃ甘いもの好きってわけじゃないけど、名前のつくったやつは美味いなって思うからすげぇ嬉しい」

 コーヒーショップのドアを開けて、私をエスコートしながら衛輔くんはそう言った。マフラーをしているけれど、頬と耳が赤くなっているのが分かる。嬉しいのは私のほう。衛輔くんの笑顔が妙にくすぐったくて、ふわふわする気持ちになったのはお店の温風が届いたからだと思うことにした。

「ハードル上がる気がする」
「いーじゃん。期待してる」
「……頑張ります」
「おう」

 ノンファットのカフェラテを頼んで、通りが見渡せる2階のカウンター席に座る。国外からの観光客が来るような街でもないエカチェリンブルクでは、私達が並ぶとそれだけで異質に見えるんだろう。
 アジアからの珍しい観光客か、工業都市に派遣された外資系企業の社員か。はたまた物珍しい移住者か。私達はきっと、そんな風に見られている。

「他に買いたいものねぇの?」
「えっと……あ、アドベントカレンダー買おうかな」
「なんだっけ、それ」
「12月1日から25日まで、カウントダウンするみたいにボックス開けてくんだけど、中にお菓子とか入ってて」
「あ、この前キーラが買ってたわ」
「それまだ売ってたら欲しいなって」
「じゃあ探しに行くか」
「衛輔くん今日の予定は?」
「今日は1日名前と過ごすつもりだったから時間とか気にしなくて平気。好きなだけ振り回してくれても構わないけど」
「嬉しいけど衛輔くんせっかくの休みなのに振り回さないよ! ゆっくりついてきてもらう」
「じゃあゆっくりついて行くか」

 衛輔くんは楽しそうにするだけだ。私の言葉に笑いを堪えるようにそう言って、空になった紙カップを手にとる。続くように衛輔くんの後ろを歩いて出入り口まで来ると、入ったときの様に衛輔くんが扉を開いて私をエスコートしてくれた。

「とりあえず歩きながら筋トレの極意をレクチャーするから聞いといて」
「えっ今!?」
「そ、今」
「衛輔くん意外とスパルタ?」
「いや、筋トレは全てを解決に導くと思ってるだけ」
「待って待って急にそんな壮大なこと言われると笑って逆に内容が入ってこないよ」

 寒さが再び私達を襲い、笑うたびに白くなった息が舞い上がって消えていく。お菓子が出てくるアドベントカレンダーを購入するための道のりで筋トレの極意を聞くのって改めて面白いなと思いながら、衛輔くんの隣に並んで賑やかなウラルアルバートを歩くこの時間が私はとても楽しかった。ジンジャーブレッドマンも、なんだかより一層笑顔に見えちゃうくらいに。

(21.01.04)