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 テントの中の暖房に近い場所を運良くゲットできたとは言え、寒いものは寒い。マフラーと手袋だけを外して、買ってきたシャシリクとソーセージに向き合う。見事にお肉ばかり選んでしまったけれど、衛輔くんは特段気にする様子はなかった。
 暖房の心地よさをほんのりと感じながら、先程購入したココアを飲む。

「グリューワイン美味しい?」

 グリューワインを飲む衛輔くんにそう聞けば「飲む?」とワインが入った紙コップを私に差し出した。アルコールに混ざるシナモンの香りは甘い。この香り、クリスマスって感じ。泳ぐように浮かぶオレンジを見つめながら、一口だけ口に含んだ。

「結構アルコール強いね」
「飲めそう?」
「今ので満足した」
「ココアの後のグリューワインは余計キツイかもな」
「衛輔くんココア飲む?」
「じゃあ一口」

 お互いの選んだ飲み物を一口ずつ味わってようやく料理に手を付ければ、寒さすらも心地よく身体に染みる気がした。

「お、うまい」
「あー、やっぱりココアじゃなくてビールにすれば良かった」
「確かにこれはビールが合うな。今から買ってくる?」
「うーん……調子乗ってたくさん飲んじゃいそうだし」
「いいんじゃね? クリスマスイブだし。さっき食べたいって言ってたシュクメルリもついでに買ってこようか?」
「さすがにそんなに食べられないよ〜。ただでさえ肉ばっかりなのに」

 しかもガーリック効いてるし。

「食べられないのは俺が食うから名前は食べたいもん食っていいって」

 そう言われると決意が揺らいでしまう。それでもやっぱりガーリックのことを考えるとシュクメルリを食べるという決意は私には出来なかった。

「じゃあブリヌイ食べたい! それならシェアもしやすいし。スモークサーモンとクリームチーズのやつとイクラのやつ!」
「わかった。俺買ってくるから名前ここで待ってて」
「一緒にいくよ」
「いいって。寒いし場所取りしといてくんね?」

 それが衛輔くんの優しさだとわかって、私は食い下がることなく素直に受け取った。私が食べたいと言ったんだから私が買いに行くべきだとわかっているけれど、衛輔くんの優しさはつい甘えたくなるような、甘えてもいいって思えるような空気を出してくれていると言うか、そんな感じだから結局いつもこうなってしまう。
 衛輔くんの背中を見送って、陽気な音楽に耳を傾ける。大きなグラスでビールを飲んでいる人。大人数でたくさん料理を買っている人。エカチェリンブルクで暮らすことに馴染んだ今でも、時々自分が異国にいることを強く感じるときがある。そういう時は決まって私と私以外のものの間に薄い膜が張ったような感じで、周りがぼんやりと見える。

(それでもいつかはここから離れていくんだよね)

 私も、衛輔くんも。

「お待たせ」

 乖離した私を引き戻したのは衛輔くんの声だった。ブリヌイが入ったお皿とビールがテーブルに置かれて私は慌てて財布を取り出す。

「お金渡すね」
「ああ、別に後でいいけど」
「後だと忘れそう」
「忘れたら俺のおごりってことで」

 衛輔くんの頬が赤い。すぐ戻ってくるからってマフラー置いていったけど、無理矢理持たせればよかった。衛輔くんが私からお金を受け取る気はないんだろうなとわかって私は財布をかばんに戻す。せめてスケートのお金は私が出そうと決めて、衛輔くんが買ってきてくれたブリヌイを口に運んだ。
 クレープ生地の中にあるスモークサーモンとクリームチーズが程よい塩味で、肉の後に食べたおかげが余計なくどさも感じられない。やっぱりビールが合うと、少しだけ冷えたビールを喉に流した。

「んー! 幸せ」
「めっちゃ旨そうに食うじゃん」
「めっちゃ旨いから」

 衛輔くんは笑って、私と同じように料理を口に運んだ。2人で食べるにはちょっと多いかなと思った量も意外とすんなり食べられて、お皿の上が綺麗になる頃にはビールも相まって、ほろ酔い気分で大満足を得ていた。

「あ〜こんな最高に幸せなクリスマス初めてかも」
「大げさだって」
「大げさじゃないよ。かなり大満足だし」
「でもまだスケートしてねぇし、あとチョコレートも買うって言ってたろ?」
「確かにまだまだ盛り沢山だね」
「そ。だから、ちょうど製氷終わってるしスケートしに行こうぜ」
「行く!」

 最高に気分が良い。今ならスケートも華麗に滑ることが出来る気がする。と、私達は食べ終わったお皿を片付けて意気揚々とスケートリンクに向かった。
 衛輔くんより先に財布を取り出して支払いを済ませ、レンタル靴の中から自分に合ったものを選ぶ。手袋よし、マフラーよし、帽子よし、心意気よし、と準備の終えた衛輔くんとスケートリンクに入ろうとした瞬間、手を差し出された。

「ん。転んだら危ないだろ?」
「……さすがに第一歩では転ばないよ」
「じゃ俺が転んだら困るから繋いでて」

 なにそれ。絶対衛輔くん運動神経良いじゃん。転んだりしないじゃん。優しい衛輔くんの表情を前に差し出される手のひらをとる以外の選択肢はない。
 少しだけ力を込めて握りあった手のひら。ここがエカチェリンブルクでなければ、私は恋に落ちていたかもしれないと浅はかにも思ってしまった。
 
(21.02.11)

※ブリヌイ…パンケーキやクレープに類似したもの
※シュクメルリ…鶏肉をガーリックソースで煮込んだもの