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 百貨店にある時計が午後9時を告げた。あれからまたしばらくスケートをしたけれど、さすがに寒くてこれ以上外にはいられないと私達は急いで避難するようにお店の中に入ったのだった。
 クリスマスマーケットが開催される広場に隣接されていることもあって、私達と同じような考えをもつ人達も多いのだろう。いつもより人の入りが多い店内は賑わっているようにも見える。

「衛輔くん風邪引かないでね」
「それはお互い様だろ」

 寒暖差による影響で肌に違和感を感じながらもこの暖かさを享受しないわけにはいかない。商品が陳列するのを見つめながら買わなくちゃいけないものとか買いたいものなかったっけと思い出そうとしたけれど思い浮かぶものは何もなかった。

「今年ももう終わるな」
「あっという間だったね。衛輔くんとも出会えたし良い1年だったよ」
「春先に名前と知り合ったけど、なんかすげー長く知り合いだった感じする」
「わかる!」

 クリスマスを感じるということは、同時に新年が差し迫っているという事でもある。その時その時は濃い思い出の塊なのに1年を通して思い返せば、遊園地のアトラクションを乗り終わった時みたいにあっという間だっと思える。

「今年衛輔くんと会うのはこれが最後だね」
「だな。年越しはどうすんの?」
「ソーニャに誘われてるからソーニャのお家でパーティに参加させてもらう」
「まじ? 俺もキーラに1人なら来いって言われたから会えるじゃん」
「これが最後じゃなかったね」
「しかも終わりと始まり一緒だし」

 共通の知り合いが多いし、私達は家族がロシアにいるわけではないからお互いの誘いも当然といえば当然なわけで。

「今年もお世話になりましたはその日に取っておくことにする」

 ロシアにおいて新年を迎えることは1年で最も重要なイベントと言っても過言ではない。クリスマスツリーであるヨールカも、サンタクロースのジェットマロースも、本来は新年の夜のためのものだ。私の感覚ではどうしても今日と明日をクリスマスとして認識したくなってしまうけれど、あのイルミネーションたちも新年を迎えるためのものとして考えられてることのほうが多い。実際、クリスマスツリーの傍らには「新年おめでとう」という言葉が添えられている。
 新鮮だなって思うし変わってるなとも思う。郷に入っては郷に従えと言う言葉もあるしロシアの文化を楽しみたいと思うけど、衛輔くんといるときはどうしても日本にいる感覚で過ごしてしまうのだ。

「体も温まったし、マーケット見ながら帰るか」
「そうだね」

 再び訪れる寒さを覚悟して百貨店を出る。鼻先に落ちた雪の結晶が寒さを呼び起こした。コートがしっかり閉められているか確認してマーケットの中へ舞い戻る。買おうと決めていたチョコレートを忘れないうちに購入して、マーケットを出れば私達のクリスマスが終わる。
 煌めきと賑やかさが遠ざかっていくのを感じながら、風の冷たさに身を委ねた。今夜はきっと良い夢が見られるはずだ。

「今日、すごく凄く楽しかった」
「俺も」
「また年越しだね」

 広場前のトラム乗り場でやってくるトラムを待つ。日中と違い夜は走るトラムの数も減るからタイミングが悪いと15分近く待たなくてはいけないときもある。
 ここから乗るとなると衛輔くんとは反対方向だ。私は乗り換えなしでアパルトマンの前まで行けるけど、衛輔くんはきっと乗り換えしなくちゃいけないはずだ。

「衛輔くんの乗るトラム来たら乗っていいからね。それでもきっと私のほうが早く部屋に着けるだろうし」
「だな。でも同じくらいにくるやつに乗るつもりだから」
「いつもありがとうございます」

 ファー付きのフードをかぶる私の視界は狭い。覗くように衛輔くんを見上げる。もっとお礼以外の言葉を言いたいのに、衛輔くんには感謝の気持ちを述べてばっかりだ。

「それとトラム来る前に、これ」
「え?」
「プレゼント。クリスマスだから」
「えっ!?」
「年越しで会えるとは思ってなかったし、ロシアのクリスマスもどうなるかわかんねえから今日しか渡すタイミングねえなって思ってさ」
「すっごく嬉しい……けど私何も用意してないの悔しい。あっチョコレート食べる……?」
「いいって。チョコレートは名前が食いたくて買ったやつだろ。俺が渡したくて渡してんだから気にすんなよ」
「じゃあ……素直にもらいます。ありがとう」
「おう」

 ああ、またお礼を言ってしまった。衛輔くんばかりが私のために何かをしてくれている。

「来年は衛輔くんの為に私もいろいろする」
「なんだよ、それ」
「決意表明?」
「意味わかんなすぎてめっちゃうける」

 雪はやまない。降り続くそれは、積もり積もっていつしか大きな雪の塊になる。ソリに乗って夜空をかけるサンタクロースは居なくても、私はどうしようもないくらいの幸せを衛輔くんからもらった。
 向こうからやってくるトラムの光がこちらを照らして別れを示す。終わらなければ良いと願った夜が終わるのだ。

「じゃあ、また」
「気をつけて帰れよ」
「衛輔くんも」

 満たされた心に隙間はない。この寒さすらもきっと入り込むことはないだろう。イルミネーションを遠くに置き去りにしてトラムは進む。
 メリークリスマスと心の中で呟いた。

(21.02.12)