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 その瞬間、日本ではカウントダウンをするのが主流だけどロシアは違う。まず大晦日の23時45分からはテレビで大統領からのお祝いのメッセージが放送されるのだ。今年一年を振り返ったり、新年に向けての挨拶だったり。
 ソーニャいわくロシア人はとりあえずそれを見るらしい。

「それで、その後はモスクワの赤の広場にあるクレムリンの巨大な時計のカウントダウンが映るの。59分になったら鐘の音がなるんだけれど、その間の1分間で皆でシャンパンを開けて飲む。ちゃんと願い事を心の中で唱えてね。1分間の間には12回鐘の音がなるから数えてるといいかも」

 そう教えてくれるソーニャの言葉にしっかりと耳を傾ける。これがロシアの定番の年越しである。去年も教えてもらったけれど、すっかり忘れていたことを反省した。

「年越しの後は広場で打ち上がる花火を観に行ったり家でテレビを楽しんだりかな。新年を迎えるための大晦日をどう過ごすかによって次の1年が決まるから今日はこうやって一緒に楽しく過ごせて本当に良かった!」
「私もこうしてソーニャたちと過ごせて、本当に嬉しいよ」

 今年も残りわずか。ソーニャは笑顔でそう言った。テーブルにある数本のシャンパンを見つめる。
 これを飲みながら何を願おう。もう大抵のことは叶ったような気がするし、多くを望むのは欲張りな気もする。不足しているものが見つからないというのは多分最高に幸せなんだろう。例えば隣に衛輔くんがいること。それもまた私の幸せの一つだ。

「こんなに年越しムード満載なのにロシアじゃ一週間後にクリスマス祝うんだから変な感じだよな」
「ね。クリスマスの日はお店も忙しいけど今年の私のクリスマスはやっぱり24日に衛輔くんと過ごした日だからなあ」
「めっちゃ嬉しい事言うじゃん。だから今日それつけた?」

 それとは私の耳元で光るピアスのことだ。クリスマスの日、衛輔くんからもらったプレゼントの箱の中に入っていたのは小さな雪の結晶を模したシルバーのピアスだった。見た瞬間、ロシアの冬を思い出せる形と色合いはすぐに私のお気に入りになった。
 最初につけていくのはこの集まりが良いと、今日に至るまでの数日間大切に箱にしまって、時々箱を開けては優しい気持ちになっていたことを思い出す。

「うん。絶対今日つけようと思って意気込んでた。似合ってる?」
「似合ってる」
「さすが衛輔くんだ」
「俺の目に狂いはなかったな」

 より一層このピアスのことが好きになれた気がした。積もるように幸せが溜まっていく。

「そろそろ今年も終わるね」

 ソーニャがそう言ったのと、テレビから流れていたロシア映画が終わって大統領の顔が映し出されたのはほぼ同時だった。
 彼の振り返る一年に合わせて私もぼんやりと自分の一年を振り返る。うん。どの角度から考えたって最高の一年だったし、来年もきっと良い一年になる。それは絶対、間違いない。

「日本じゃもう新年か」
「時差考えると今日本はえっと……朝の4時だから寝てる人ばっかりじゃない?」
「つーか考えてみれば名前と初めて会ったのも今年だもんな」
「だね。もっと前から知ってるような気もする」

 窓の外では雪が振り続け、積雪は増えていく。積もり積もってこうなるように、私の人生もいろんなものが積もって大きな山になっていくのだろう。

「エカチェリンブルクで名前と出会えて良かった」

 真っ直ぐに、揺らぐことのない衛輔くんの瞳に私が映っている。
 同じことを言いたかったけれど、言葉よりも先に大統領のメッセージが終わって最初の鐘の音が鳴り始めた。新しい年を告げる音か、一年の終わりを告げる音か。
 手に持ったシャンパングラスにシャンパンが注がれて、皆が思い思いに願う。初詣に似ていると思いながら私も願った。絶え間ない幸せが私の大好きな人たちに降り注ぎますようにと。

(そして私は来年も私の出来ることを頑張って楽しい一年にする!)

 鐘の音をカウントする。7回目。8回目。9回目。10回目。11回目。そして最後、12回目の音が鳴ってロシア、エカチェリンブルクは新しい年を迎えた。

「ス・ノーヴィム・ゴーダム!」

 誰かが発した「あけましておめでとう」という言葉を皮切りに言葉が飛び交い、軽くハグをしながら一言二言言葉を交わす。今頃エカチェリンブルクの広場でも花火が上がっているんだろうか。テレビに映るモスクワの風景を見つめながら新年を迎えたという高揚感に浸る。

「名前、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、衛輔くん」

 私達だけ日本語で新年の挨拶を交わして、ハグの代わりに手に持ったグラスで乾杯した。

「衛輔くん、さっきの」
「ん?」
「エカチェリンブルクで私と出会えて良かったって言ってくれたやつ」
「ああ、うん」
「私も同じように思ってるから、だから今年もよろしくね」
「おう」

 衛輔くんの笑顔を見て、私はただシンプルに嬉しさを覚える。
 始まるのだ。新しい年が。希望と優しさに満ち満ちた日々が。
 
(21.03.31)