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 カレンダーを目の前にして私は悩んでいた。
 来たる2月23日。この日は祝日「祖国防衛の日」である。

「ナマエずっとカレンダーとにらめっこしてない?」
「あ、えっソーニャいつお店に入ってきたの?」
「5分前くらい。いつ気がつくかなって思ってたけど全然気が付かないから話しかけちゃった」

 ソーニャの言葉に自分がいかにそのことについて考え込んでいたかを知る。この日はいわゆる「男性の日」とされていて、もともとは祖国を守ってくれた軍人の人達を称える日だったけれど、今では女性から男性に感謝を込めてプレゼントをあげる日と認知されている。

「23日、せっかくだから衛輔くんになにか贈り物しようかなって思ってて。バレンタインはなんか恋人感でちゃうでしょ? それにこっちだと23日のほうが盛り上がってるし。気軽に日頃の感謝をってなったら14日より23日かなと思ったんだけど」

 ロシアのバレンタインは日本と比べると盛り上がりが劣っている。その文化が入ってきたのが近年という理由もあって、ロシアではバレンタインよりもこの「男性の日」のほうが意識が強いのだ。街中でも時期が近づいてくるとメッセージカードやプレゼントが並ぶのをよく目にするようになる。もちろん恋人同士であれば花束を渡したりするんだろうけれど、私と衛輔くんはそういう関係ではないし。
 でも転ばないように雪を踏みしめて歩いて、マフラーに顔を埋めて寒さと格闘しながら家に帰る途中で、そんな風にディスプレイが並んでいたら、いつもお世話になってる衛輔くんが脳裏に浮かぶのはもう仕方のないことだと思う。
 それにこういうきっかけがないと日頃の感謝をどんな風に形にしたら良いかわからないし。

「それは絶対モリスケ喜ぶね」
「だと良いけど、何贈っていいかわかんなくて」
「何でもいいんじゃない? ナマエから貰ったならきっとなんでも嬉しいと思うよ」
「ソーニャ投げやりだ……」
「違う違う。モリスケはナマエからの贈り物なら絶対に喜ぶからそんなに悩まなくても大丈夫って話」

 私とは対照的にソーニャはあっけらかんとした様子だった。
 バレンタインデーを明日に控えて、恋人のいるソーニャは来る途中で買ったという赤いハートのバレンタインカードの中に、メッセージを書き込もうと鞄の中から筆記用具を取り出している。
 日本にいたときは友チョコだとか義理チョコだとか本命チョコだとか、街を埋め尽くす甘いカカオに翻弄されていたけれど、今の私は「祖国防衛の日」に翻弄されている。衛輔くんが何を贈っても喜んでくれるとしても、せっかくならセンスのあるプレゼントをしたいと思う気持ちが余計なプライドを構築してしまうのだ。

「衛輔くんがくれるものっていつもセンスあるから、あげるとなるとハードル上がるなって」
「喜ばれるものあげたいって気持ちはすごくわかるけど、ナマエがそれだけ悩んだんならモリスケへの感謝はきっと何贈っても伝わるんじゃないかな」

 確かに。確かに、そうなのだ。例えば失敗したケーキだって衛輔くんなら笑って受け取ってくれそう。私の脳裏に浮かぶ衛輔くんはいつだって優しい笑顔を向けてくれている。

「そうだよね、悩んでても仕方ないよね。気持ちが大切だよね」
「うんうん、そうだよ」

 明後日は早く仕事が終わる日だからデパートに買い物に行こう。衛輔くんが遠征先で私のことを考えてお土産を選んでくれるように、私も衛輔くんを想ってプレゼントを選ぶのだ。センスがあるプレゼントを選べるかどうかは別問題だけど、せめて感謝の気持ちはたっぷりと込めて。

「2人で盛り上がってるね」
「あ。ナスチャ、おはよ」

 遅番のナスチャが出勤してきて、店内の雰囲気が少し色を変える。着替えるために裏に行くナスチャに言葉を投げたのはソーニャだ。

「ナマエが23日に衛輔に何あげるか悩んでるの」
「そうなんだ。モリスケは何あげても喜びそうだけど。わからないけどナマエからの贈り物は多分なんでも嬉しいんじゃないかな」
「ほら!」

 振り返って言うナスチャと得意気な様子のソーニャの双眸が私に向けられる。重なった2つの意見にもう言い返せる余力もない。
 
「……2人のお墨付きを頂いたので……ハイ」

 まあ別に告白するわけでもないし。バレンタインに本命のチョコをあげるわけでもないし。気負いすぎないで渡すのがちょうど良いんだろう。
 日本に馴染みのないイベントに翻弄されながら、10日後にやってくるその日を私はエカチェリンブルクに住む日本人として楽しむのだ。

(21.04.12)