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「名前から日にち指定されて呼び出されるなんて思いもしなかったけど、こういうことだったんだな」

 渡したプレゼントを手にして衛輔くんは顔を綻ばせながら言った。衛輔くんのバレーの練習が終わった後、遅くまでやっているバルのようなお店で私は先週買ったプレゼントを手渡した。
 街中の雰囲気から今日がそういう日であるということは衛輔くんもわかっていたと思う。でも多分、私からプレゼントをもらえるとは思っていなかったんだろう。渡した瞬間の驚いた顔を思い返しながら、ラッピングを解く衛輔くんの手元を見つめる。

「お、キーケース」
「もうね、すごく……それはそれはものすごく迷ったんだけど……前に衛輔くんキーケース新調しようかなって言ってたでしょ? だからどうかなと思って」
「すげ、覚えててくれたんだ」
「うん。あ、でも好みとかあると思うから違うなって思ったらギフトレシートで違うのにして」

 薄暗い店内で、私があげたキーケースを衛輔くんはまじまじと見ていた。

「するわけねえじゃん。めっちゃ嬉しい。ありがとな」

 いつも私の脳裏に浮かぶ笑顔の衛輔くんよりもずっと優しい笑顔。本革のとあるブランドのそれはちょっとやそっとじゃくたびれないと思うけれど、何年衛輔くんのそばで寄り添えるだろうか。
 デパートの中を何往復もしいろんなお店で話を聞いて、悩みに悩んだ末に選んだアイテムが無事に衛輔くんの手の中に収まったことに安堵した。

「早速変える」
「え、今!?」
「今以外ないだろ」
「なんか嬉しさと緊張が混ざって変な気分」

 手際よく中身を入れ替えて、衛輔くんは新しいキーケースを誇らしげに掲げた。「どうよ?」そう言う衛輔くんに私も笑って答える。

「めちゃくちゃいい感じ」

 満足そうにキーケースを弄り続けているから、衛輔くんの目の前にあるお皿の中身は減りそうにない。それがなんだか面白くて、渡す前までに抱えていた緊張が嘘のように消え去る。

「衛輔くんが気に入ってくれて良かった。実は結構不安だったんだよね。気に入ってもられるかとか、私センスあるかなとか」
「何かもらえるとは思ってなかったから多分それも相まってめちゃくちゃ嬉しいんだと思う。ずっと大事にする」

 そんな大げさな。思ったけれど、気恥ずかしくなって言えなかった。頼んだドリンクを一気に飲み干して、喉を潤せば衛輔くんが思い出したように言う。

「あ、お返しは3月……8日だったよな?」

 言われて思い出す。日本にホワイトデーがあるように、ロシアの「男性の日」にも対になる日が存在するのだ。3月8日、国際婦人デー。祖国防衛の日と反対に今度は男性が女性に日頃の感謝を伝えるために花やプレゼントを渡す日。定番はお花とシャンパン、チョコの詰め合わせと言われているけれど、この日に私が何かをもらってしまっては今日衛輔くんにキーケースを渡した意味が薄れると慌てる。

「お返しは大丈夫だから!」

 少し強い口調に衛輔くんは驚く。つい気持ちが先走ってしまったと深呼吸してからきちんと言葉にした。

「えっと、いつも衛輔くんにはお世話になってるし色々もらったりもしてるでしょ? だから今日はそのお礼のつもりで、だからお返しは本当に大丈夫。いつもいつもしてもらってばっかりだから」

 ようやく飲み物に手をつけた衛輔くんは落ち着いたトーンで話す。

「何かしてもらってるって言うなら、多分それは俺のほうだな」
「え?」
「名前がエカチェリングルクにいてくれて、俺は結構……いや、かなり? 嬉しいし、頑張る理由にもなれてる」
「そうなの……?」
「おう」

 意外だと思いながらも、いつもと少し雰囲気の違う衛輔くんに妙な感覚を覚えた。気を抜いてボタンをかけ違ってしまったら、その後の全てを変えてしまうような何かが孕んでいることに薄っすらと気が付きながらも、気のせいだと言い聞かせる。
 一緒にペリメニを食べた夜と何が違うんだろう。仄かな違いを探そうとするけれど、私に答えを見つけることは困難なようにも思えた。

「てわけだから3月8日期待しててくんね?」
「し、しない!」
「しないのかよ」
「しないよ。受取拒否です」
「頑固」
「ここは頑固で通します」

 譲らない私の様子に衛輔くんは笑った。何に対しての安堵なのかわからなかったけれど、安心感が訪れたのは事実だった。ソーニャやレルーシュカ、果てはナスチャからの言葉たちを思い出して駆け出してしまいそうになる心にストップをかける。
 季節は未だ冬。芽吹くにはまだ早いのである。

(21.04.12)