03


 シャルロートカを食べ終えてお店を出る衛輔くんを店の外まで見送る。寒いからわざわざ見送りとかいらないと言う衛輔くんの言葉をスルーして入り口のドアを開けると、衛輔くんは思い出したように言った。

「あ。名前今日何時まで? そのあと予定ある?」
「えっとね、14時までで予定はないよ。なんかあった?」
「じゃあその時間に迎えに来るから、ロシア語勉強しようぜ。あとめっちゃ旨いペリメリのお店教えてもらったから一緒に行かね?」

 衛輔くんは面倒見が良いし、人となりも良い。お互い日本に居た時の話はそんなにしてこなかったけれど、なんとなく日本でも後輩とか周りに気を配れる人だったんだろうなと想像出来る。
 ソーニャもバーブシカも、ソーニャの兄で衛輔くんと同じチームにいるキーラも、私をとてもよく気にかけてくれるれけどこのロシアで1番私のことを心配して気にかけてくれているのは多分、衛輔くんだと思う。

「する! 行く!」
「よし、決まりな」

 衛輔くんにとってもここでは私が唯一の日本人だし、それが衛輔くんが気にかけてくれる最大の要因であったとしても、私はこうやって衛輔くんと日々を共有できるのは単純に嬉しかった。

「じゃあ後でね」
「おう。仕事頑張れよ」
「うん。お土産もありがとね」

 衛輔くんが笑顔を見せて、私も同じように笑う。
 小さくなっていく衛輔くんの背中を見えなくなるまで見送って仕事に戻れば、同僚のレルーシュカが言った。

「ナマエとモリスケって日本出身なんだよね?」
「そうだよ」
「日本ってどこら辺にあるんだっけ。中国の隣?」
「日本は東アジアの島国だよ。ロシアと比べたらもうめちゃくちゃ小さいね。ロシアは国内線もパスポート必要って知ったときは本当に驚いたし」
「島国なの? 知らなかった」
「それソーニャにも言われた」
「2人とも凄いよ。そんな遠いところからわざわざ来るんだから。しかもモスクワでもサンクトペテルブルクでもなくエカチェリンブルクだし」
「意外と飛び出たらそうでもないよ。なるようになるっていうか、来たからにはもう自分でどうにかするしかないって言うか。それにエカチェリンブルクも十分すぎるくらい大きい都市じゃない?」

 私はあまり深くは考えないで勢いに任せてやってきたけれど衛輔くんは違う。バレーボーラーとして世界で戦うために、自分のスキルを磨き上げるために、ここで日々頑張っている。日本で出会ったらこんな風に親しくなることはなかった。私がつくったシャルロートカを食べて美味しいと言ってくれる衛輔くんはきっと、日本にはいない。
 そうやって考えれば私がバーブシカと出会ったことやエカチェリンブルクで暮らしていることにも何かしらの深い意味があるんじゃないかって思うけど、多分それを衛輔くんに言ったらお腹を抱えて笑うんだろう。難しく考えすぎだろとか、別に日本に居たって食べるしとか。たられば考えても仕方ないし、どこで出会ったかなんて関係ないだろって。


*  *  *


「レルーシュカ、私時間だからあがるね」
「ハーイ。モリスケによろしく」

 定時になって支度を終わらせてお店の外に出る。入口のすぐ隣で壁に身体を預けるようにしながらスマホを触っていた衛輔くんに気が付いて、私は名前を呼んだ。

「衛輔くん!」
「お。おつかれ」
「ごめんね、待たせた?」
「いや。定時だし全然待ってない。行こうぜ。あ、昼飯は? 食った?」
「食べてない」
「そしたら飯食ってから勉強だな」

 衛輔くんはスマホをボディバッグにしまって、着ている薄手のダウンジャケットのポケットに手を入れた。

「あ、待て。こっち」

 私の右側を歩いていた衛輔くんがそう言って私の左側に立つ。車道側を歩かせないようにといつもこうやって配慮してくれることに私は甘えてしまっている。
 見上げて、衛輔くんの身長は決して高いとは言えないけれど、それでもすぐそこにいてくれるような気がして私は好きだった。目線も届く声も丁度良い距離。

「食いたいもんある?」
「何でも良いけどペリメニ楽しみだからあんまりお腹いっぱいにならないようなところがいいな」
「じゃあスタローバヤでも入るか」

 ロシアの大衆食堂であるスタローバヤは並んでいる料理の中から自分の好きなものを選んでレジで会計をしてもらうシステムだ。レストランやカフェに入るよりもずっと安上がりだし、食べる量を自分で調整出来るから自炊が面倒な時は大抵街中にあるスタローバヤを利用している。
 近くに美味しいスタローバヤがあると言えば衛輔くんは「なら昼はそこだな」と私の意見を尊重してくれた。

「今回の遠征長かったから衛輔くんと一緒のご飯久しぶりだね」
「今回は国外だったしな」
「ポーランドの話聞きたい。行ったことないし!」

 足取りが軽いのはスタローバヤに行けるからなのか、ペリメニを食べるからなのか、マグカップを使うのが楽しみだからなのか、それとも衛輔くんがいるからなのか。
 秋風が吹いて私たちの間を優しく抜ける。エカチェリンブルクの空は清々しいくらいの晴天だった。

(20.11.30)