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 大きなあくびをすると隣に立っているレルーシュカが「寝不足?」と優しく訊ねてくる。小春日和と言えるうららかな天候は、昼下がりの午後ということも相まって、とても穏やかな眠気を運んできた。
 窓から差し込む太陽の日差し。店内に漂うコーヒーの香りも、今の私にとってはピローミストになると言って過言ではない。

「んん……昨日久しぶりに衛輔くんと会って」

 ぼんやりと昨夜、衛輔くんと会った時のことを思い出す。
 部屋に入りたいと言った衛輔くん自身も多分、長居するつもりはなかったと思う。それでも会ってしまえば時間なんてあっと言う間に過ぎ去ってしまうわけで。日付が変わるギリギリに私の部屋を後にした衛輔くんを見送って、結局ベッドに潜り込んだのは夜中の1時だった。
 普段は遅くならないうちに寝ているし、二人きりの部屋で色々とあったし、寝不足に加えて疲れが取れないまま朝を迎えていたという感じだ。

「ああ、そういうことね」

 それだけで何かを察したレルーシュカは、みなまで言うなと言わんばかりに大きく頷く。
 レルーシュカが想像するようなことがなかったと言えば嘘になるけれど、この前みたいに濃厚な時間があったわけじゃない。どこかで律しないとずるずると雰囲気に流されて衛輔くんが帰れなくなってしまうから、見つめ合ったりキスをしたり、健全と不健全の間を漂うくらいで留まった。
 それでも、去年の私達からすれば考えられないような時間だけど。
 
「ふたりが恋人同士らしくなっていくの嬉しいわ」
「そんな風に言われるとなんだか恥ずかしい……」
「結婚する時はお店の皆で盛大に祝うからね」
「け、結婚はさすがに気が早いんじゃないかな!?」

 動揺する私とは反対にレルーシュカはあっけらかんとした様子を見せている。
 そりゃあ確かにお付き合いの延長に結婚という選択肢があるのは納得するけど、でもまだ付き合ったばかりなんだから結婚なんて考える余裕ない。きっとそれは衛輔くんも同じだと思う。

「そういえは試合の結果はどうだったの?」
「衛輔くんたち勝ったよ」
「モリスケ、かっこよかった?」
「……か、かっこよかった」
「ふふ、よかった。おめでとうって伝えておいて」
「レルーシュカ、私の反応で遊んでるでしょ」

 小さく肩を震わせながら「ごめんね」と柔らかい声色で謝罪の言葉が紡がれる。そして、驚きの事実を放った。

「モリスケ、ずっと前からナマエの事好きだったからきっと今とっても嬉しいでしょうね」
「ずっと前?」
「まさか、気付いてなかったの?」

 レルーシュカは驚きの声をあげる。確かにレルーシュカやソーニャはずっとそれらしい事を言っていたけど、それは日本人同士だからって意味だと思っていた。思い返せばそう思える場面もある。でも全部、衛輔くんの優しさからくるものばかりだと。
 衛輔くんにとって良き友人だと思われている自負はあったけれど、想い人であるなんてことはさすがに想像出来なかった。……そうであれば良いと思ったことはあるけれど。
 それに、そんな風に自惚れてもし違った時は恥ずかしすぎてきっと顔も合わせられない。だから、気付いていないというより、私は衛輔くんがまさか私のことをそんな風に好きでいてくれるなんて考えもしなかったのだ。だってこの街には私より魅力的な人がたくさんいる。

「だって衛輔くん元々優しいし、衛輔くんの周りに魅力的な人たくさんいるし、自惚れて違ったら恥ずかしいし、友達のままでも十分楽しかったから」
「でもモリスケ、とってもわかりやすかったでしょ? 気がついてないのはナマエくらいね」

 レルーシュカは、衛輔くんがいつから私に気持ちを寄せていたのかを知っているのだろうか。

「ソーニャが教えてくれたわ。ナマエと初めてあった時、モリスケってば一目で貴女のこと可愛い子だと思ったんですって。ソーニャに、ナマエは付き合ってる人がいるのかどうか訊ねたらしいわよ」

 驚きの事実に言葉が出てこない。あの時、衛輔くんはそんな雰囲気出してなかったと思うけど。

「このお店に来るのだってナマエがいるからでしょう。気付いてる? モリスケ、ナマエの作ったシャルロートカしか食べたことないのよ」

 困ったな。心臓がぎゅっと痛い。衛輔くんを想うとひどく優しく包み込まれる心臓が、痛い。
 衛輔くんと出会った時のことを、過ごしてきた日々を、交わした言葉の数々を思い出しては、優しく笑いかけてくれる衛輔くんの顔が脳裏に浮かぶ。

「き、気付かなかったかも」

 昨日会ったばかりなのにまた会いたいと願う。このまま好きを募らせたら、想いはどこへ向かってしまうのか。果てない感情って、自分でもコントロール出来ないから厄介だ。
 室内でちっとも寒くはないのに、きっと私の顔は赤く染まっていたことだろう。

(21.12.02)