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平日のデパートは落ち着いていて、欲しいものを吟味するにはちょうど良かった。去年と同じようにアドベントカレンダーを探すため、衛輔くんに付き合ってもらってウラルアルバートまで来ていた。
雑貨店ではクリスマスの商品も売られ始めていて、12月にもなれば街中のヨールカに飾り付けがされることだろう。目先にある公園で、落葉した木の枝にヤドリギが寄生しているのを見つめながら深まる冬を感じる。
そんな冬のエカチェリンブルクの街並みの中、買い物を済ませた私は肩を並べて歩く衛輔くんの横顔を見つめていた。
綺麗なEライン。寒さで赤く染まる鼻先。冷たい風を受けて、薄い唇が口を開いた。
「……名前、言いたい事あんなら言ってくれていいから」
あまりにも私がじっと衛輔くんの顔を見つめていたせいか、微苦笑を浮かべ衛輔くんは痺れを切らしたように言う。
ロシアスーパーリーグの真っ只中、会えたのは11月も下旬になってからで、その顔を見た瞬間、私はレルーシュカに言われたことを思い出した。もちろん口に出すことはせず普段通りを装って買い物を続けていたけれど、私がずっともの言いたげに見つめていたことを、衛輔くんは気付いていたんだと思う。
「つーか、ずっとなんか言いたそうだったから気になる」
言いたい事、と言うよりも衛輔くんは最初から私のことを好ましく思ってくれていたんだなぁと感慨に耽っていただけだ。そんな私の眼差しが多分、衛輔くんにとっては何かを言いたげな表情に見えたのかもしれない。
衛輔くんの口から真実を聞きたい好奇心と、暴かれる事への羞恥心が戦う。
「この間レルーシュカと仕事が一緒に衛輔くんの事話してたんだけど」
「俺の事?」
軍配が上がったのは好奇心だった。
「うん。その時にレルーシュカから聞いて。あ、レルーシュカはソーニャから聞いたみたいで」
「どんなこと?」
「えっと……衛輔くんが最初に私と会った時から、私のことを良いって思ってくれてたって話を……」
つい視線をそらしてしまう。好奇心が勝ったからと言って、羞恥心が退却したわけではないのだ。言葉尻を濁すように言うと、衛輔くんは微かに動揺をみせた。
「あー……それか」
「あの時ソーニャに、私に彼氏がいるかどうか聞いたって本当?」
「本当。まあ一目惚れとは違うし、会った瞬間付き合いたいって思ったわけじゃないけど、まあそうだったら良いなって願望も込めての確認はした」
「最初に会った時の衛輔くんそういう雰囲気なかったし、ソーニャも何も言ってこなかったから全然知らなかった」
「最初からグイグイいったら怖いだろ? それから会ったり話すようになって、俺は結構早い段階で名前のこと好きだなって思ってたけど。実際、俺は最初から分かりやすく接してきたつもりだったし。少しは意識してもらえてると思ってたのに、誰かさんは全く気付いてなかったみたいだからな?」
口角を上げて私を一瞥する衛輔くん。
「だ、だって衛輔くん基本的に優しいし、ロシアの女の子って可愛い子が多いから時々自分に自信なくなっちゃうし、それに……」
レルーシュカに言った事と同じ内容を紡ぐ。
「それに?」
「……それに衛輔くんと一緒にいる時って本当に楽しくていつも幸せだったから、それだけで満足してた。それ以上のものを望んだらバチが当たりそうだなって……」
気恥ずかしくて衛輔くんの顔は見られなかったけれど、衛輔くんは多分ちょっと笑っていたと思う。
「そりゃあ優しくするって。一応下心はあるし。だけど誰でも彼でもってわけじゃなくて、名前だからって言うか、多分俺は名前が思ってるほど優しいとかじゃないと思う」
私の作ったシャルロートカしか食べたことないと言ったレルーシュカの声が、記憶の中でもう一度私に語りかける。
暖炉に薪をくべ、爆ぜた時のような安らぎが私の心に灯った。
「ただ、まあ、名前の言いたいことも、わかる。周りは背高い奴ばっかりだし、目鼻立ちもくっきりしててかっこいい奴ばっかりだしな。正直言うとナスチャと会う前は男と2人きりで働いてんのかって結構気になってたし。でもだからって引き下がるつもりは微塵もなかったけど」
まさか衛輔くんがそこまで心の内を伝えてくれるとは思っていなくて、私は何も言えなかった。想像すらしなかった衛輔くんの心情。
「だから今こうして付き合ってんのすげぇ嬉しいし、出来るだけワガママは言ってほしいし、それを叶えてやりたいって思うから思ったことは遠慮せずに言ってくれると嬉しい」
優しい笑みで衛輔くんの目が少し細くなる。好きだ、と思った。
薄く積もった雪道を踏みしめる。二人分の足跡が道に残って、降り始めた粉雪がその上にそっと落ちていった。
(21.12.10)
※ヨールカ……ロシア語で「小さなもみの木」