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 再生したばかりの頃は集中できないかも、なんて思っていたのに、映画も中盤に差し掛かるとそんなこともすっかり忘れ物語に入り込んでいた。背中に感じる衛輔くんの体温に慣れ、衛輔くんも集中しているのか私に話しかけることもない。
 もしかすると映画の内容がサスペンスだと言うこともあるかもしれない。彼らは一体どうなってしまうのだろうといった気持ちが、次のシーンへの期待と集中力を高めていた。
 背後から忍び寄る影に気が付かない主人公。カメラワークが変わって観ている側の不安感を煽る。主人公だし、まさかここで死んだりすることはないよね。そう思いながらも鬼気迫る演技に生唾を飲み込む。忍び寄る不穏因子。カメラが徐々に主人公へと近づく瞬間。

「わっ」
「わああ! なに!?」

 耳元で小さく届いた衛輔くんの声。多分、私を驚かせる為の。思わず肩を揺らし、さらには声も出して驚いてしまった。絵に描いたような驚き方をした自分に恥ずかしさを覚えつつ後ろを向く。衛輔くんが必死に笑いを堪える顔をしていたから、抗議の意味を込めて衛輔くんを睨んだ。でもそんな私を見て柔らかく表情を変える衛輔くん。私は憎むに憎めず口を尖らせるしかない。

「衛輔くん」
「ん」
「今じゃない」
「悪い。つい。すげー集中してるから、驚かしたらどうすんのかなって好奇心が働いた」
「本気でビックリした。あとすごく恥ずかしかった」
「俺的には脅かし甲斐のある反応で良かったけどな」
「それ絶対馬鹿にしてるやつ!」
「んなことないって。そういう素直な反応してくれる名前が可愛くて好きだって思ってるから」
「……騙されないからね。そうやって甘い言葉を言ってもダメだからね」

 簡単に許してしまうのも悔しいので、私は怒ったふりを続ける。意味がない事は重々承知なのに、こういう子供じみたことをしてしまうのは相手が衛輔くんだからなのだろう。

「悪い」

 もう一度、耳元で空気が揺れる。お腹に回った腕に力が込められて、強く抱きしめられる。
 良いけど、別に。だってそれほど怒ってないのだから。
 先ほどのシーンまで戻してくれた衛輔くんに、今度は私から話しかける。

「……衛輔くん、もしかして飽きちゃった?」
「ああ、そっか。そう思うよな。そんなことないから、このまま観続けて大丈夫」
「無理しなくても良いからね」
「無理っつーか……」

 衛輔くんは言葉尻を濁しながらテレビを一瞥する。ああ、また主人公がどうなったのか見逃してしまったと、私もテレビへと視線を向けるれば、先ほどの不穏なシーンは終わり、別のシーンへと切り替わっていた。目に入れてすぐ、呼吸が一瞬止まる。
 目の前で繰り広げられる濃厚なキスシーン。気まずい。ベッドシーンではないだけまだましなのかもしれないけれど、例え一緒に観る相手が衛輔くんだとしても、気まずいことには変わりない。
 フィクションなのに、赤の他人なのに、必要なシーンであるはずなのに。いや、でもここは気まずさを前面に出すと一層気まずくなると、私は平然を装った。そんな私の耳元で衛輔くんが囁くように言う。

「でも、こういうシーン観てると、同じ事したくなるなとは思ってる」

 それはきっと、先ほど同様、私がどんな反応を示すか、という好奇心が働いた故なのだと思った。とても気まずいのに、それだけは何故か確信が持てた。
 指先がわざとらしく私の唇に触れ、薄い皮膚を通して衛輔くんの体温が伝わってくる。一層暗くなった部屋に、鋭く艶のある瞳が光る。
 そんな風に見つめられたら、私だってしたくなる。

「キスしたら怒る?」
「い……1回だけなら」
「じゃあ遠慮なく」

 顎を掬い上げられて唇が触れ合う。少し窮屈な体勢だったけれど伝わる柔らかさが全てを忘れさせた。触れ合う場所が気持ち良い。生まれる熱に、冬が好きだと思える瞬間。
 離れた唇を名残惜しいと思ったのは、えも言われぬ心地良さが身体中に広がっていたからだろうか。暖房が冷たい身体を温めてくれる時のようにじんわりと衛輔くんの熱が伝わって、それは離れても尚、私の中に残ったままだった。

「もういたずらしないから集中して観ようぜ」
「……え〜、衛輔くんがそれ言う?」
「いやだってこれ以上したらもっとたくさん触れたくなるし。観終わるまでは我慢する」

 観終わるまではと言うのなら、エンドロールを迎えた時、衛輔くんは何をするつもりなのだろうか。いや、そんな事を考えるのはやめよう。心臓のなめらかな鼓動を背中に感じながら、再び映画に集中する。少しだけ、衛輔くんへ体重を預けた。

(21.12.20)