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 エンドロールと共に主題歌が流れる。部屋が真っ暗になってしまったからベッドサイドにある照明を点けると暗闇にぼんやりと二人分の形が浮かんだ。身体中に余韻を残しながら、私は溢れ出る涙をティッシュで拭う。
 衛輔くんの存在も忘れ、鼻を啜ると横から追加のティッシュが差し出された。知らない曲が流れるのをそのままに、私は衛輔くんを見る。

「まさか最後ああくるとは思わないよね!? えっなんで衛輔くんそんな平然とした顔してるの!?」
「いや、自分より泣いてるやついたら逆に冷静になんじゃん?」
「わからなくもないけど〜……」

 目尻を優しく抑えても、脳裏に浮かぶラストシーンのせいで涙はまだ止まらない。鼻も詰まってきたし。鼻声になってきたのが自分でもわかる。

「ティッシュは?」
「いる……」

 3枚目のティッシュを手にして私はようやく落ち着くことが出来た。明るさにも慣れ、照明を消して部屋の電気を点ける。強い眩しさに目を細めたけれど、それも一瞬の事だ。
 結局ずっと衛輔くんの足の間に挟まって鑑賞したけれど、衛輔くん疲れたりしていないだろうか。身体をずらして衛輔くんを正面から見つめる。

「なかなか面白かったよな」
「最後ハッピーエンドで良かった……報われて良かった……」
「すげぇ鼻声じゃん」
「しかも鼻詰まっちゃったから呼吸しにくい」

 手のひらが伸びてきて、私の頬に触れた。涙の跡が残っているのか、何かを伝うような指の動きがくすぐったい。

「衛輔くん、お腹すいた? 外で食べる? 私、作る?」
「んー……後で一緒に作りたいけど、今はもうちょっと堪能させて」
「堪能?」
「名前の泣いた顔」

 衛輔くんが大きく微笑む。良いものを見たと、どこか満足そうに。
 確かに、衛輔くんの前で泣いたのって初めてかもしれない。泣き顔くらい別に恥ずかしいものではないのに、衛輔くんの表情があまりにも楽しそうだから私は思わず顔を背ける。

「あ、背けた」
「衛輔くんが堪能とか言うから」
「悲しい事が理由で泣いてたら焦るけど、感動して泣いてんなら可愛いなって思うし。それに、好きな子はいじめたくなるって言うだろ?」
「……衛輔くん、そういうタイプだったの? ちょっと意外。好きな子にはめちゃくちゃ優しくしそうなのに」

 それでも、頬に添えられたままの手のひらは温かい。目尻を優しく撫でられる度、衛輔くんの瞳には愛しさが宿る気がした。

「いや、うーん……名前限定かも」
「私限定?」
「基本的には優しくしたいけど、困った顔も泣き顔も見たいなって思うのは名前だからかなって。まあ笑顔が一番好きだけど、それ以外も悪くないって」

 衛輔くんはそう言うけれど私はわかっていた。私が嫌がる事は、本当に困るような事は絶対にしないのだと。

「……ってことで」

 整った顔が近づいて、ピントを合わせられなかった視界がぼやける。唇を割り衛輔くんのざらついた舌先が入ってきた事を理解し、瞼を下した。
 泣いたせいで口の中が粘ついている。鼻で息をしようと思ったけれど、鼻詰まりのせいで呼吸が出来ない。このままだとキスで溺れてしまう。
 だけど、そうか、涙を流すと人はこんな風に変わるのか、と感心しながら衛輔くんから距離を取る。口の中に残る唾液がどちらのものかもわからないまま、荒い呼吸を繰り返した。

「……今、鼻で呼吸できない」
「なんか……それ、良いな」
「え?」
「くるものがある。つーかエロい」

 どこが。そして何が。
 問う間もなく、もう一度唇が重ねられた。今度は私の呼吸を配慮したキスだったけれど、衛輔くんの舌先は口腔内で動き続けた。行き場を失った吐息が混ざり合う。映画を見終わった衛輔くんは、私をどこまで暴こうとするつもりなのだろうか。
 私の様子を伺うように服の隙間から手を入れられ、お腹の柔らかい部分を指先が撫でた。筋トレ、ちゃんと続けてるけれど多分まだ衛輔くんからの合格からはもらえないんだろうなぁとぼんやり考える。一度最後まで行為をしたわけだし、恥ずかしさは多少薄れているけれど、でも、鼓動だけは変わらず忙しなく動くのだ。いつも優しい衛輔くんの瞳が鋭くなればなるほど。
 キスを繰り返して、お腹を触れられ、もう一方の手のひらでは襟足を撫でる。ずっと思っていたけれど、衛輔くんは雰囲気をつくるのがうまい。その度に電流みたいな甘い衝撃が背筋を走るから、私は今日もまた降参の白旗を上げるのだ。

「名前もその気になってきた?」
「……衛輔くんのせいだよ」
「じゃあ最後まで責任とらないとな」

 口を尖らせて不服感を表してみたのに、衛輔くんは嬉しそうに笑うだけだった。身体を持ち上げられ、すぐ後ろにあるベッドにそっと置かれる。二人分の重さを受けて沈むベット。夜はただ粛々と、愛を包むようにやってくる。

(21.12.21)