47


 百貨店の前に並ぶクリスマスツリー。カフェから流れてくるクリスマスソング。積もった雪の上を歩けば、スノーブーツの足跡が刻まれる。夜を明るく照らすイルミネーションの森を抜けると、目の前に広がるのはクリスマスマーケットだ。
 その光景を目にしただけで、テーマパークへ連れてきてもらった子供のように私の心は踊る。

「やっぱりこの光景テンションあがるよね」
「年内に来られて良かったな」
「うん!」

 柔らかい明かりに照らされる衛輔くんを見つめて、心の奥がきゅっと締め付けられる。衛輔くんの言う通り、年内に来られて本当に良かった。

「クリスマス当日じゃなくてごめんな」
「お互い社会人なんだし、イベントの当日に会えないのなんて普通だよ」

 むしろ去年のタイミングが良すぎたと思う。今年は24日も25日も近隣の市で衛輔くんの試合が予定されていた。年の瀬で忙しくなるし、年内に訪れることは厳しいだろうと諦めかけていたところだったのだ。急遽、27日ならば互いに都合がつくとわかりこうして出かけることになったのだから、私としては願ってもない話である。

「あ、衛輔くん。今年もスケートする?」
「お。意欲的」
「去年聞いたコツちゃんと覚えてるからね。今年はきっともっとうまくなってるはず」

 マーケット会場の奥、メインを張るのは観覧車。その手前にはスケートリンクが設置されている。衛輔くんと一緒に一年前も見た光景。違うのは当たり前のように手を繋いでいる事。
 お互い手袋をはめているから体温を共有することはないけれど、近づいた距離が私と衛輔くんの一年を物語っている。

「んじゃあ先にスケートする? それとも腹ごしらえしてから滑る?」
「先にスケート滑ってお腹を空かせたいって思ったけど、誘惑たくさんあって途中で買いたくなりそう」
「それはわかる」

 スケートリンクまで通ずる道の間だけでもたくさんの小屋が並んでいて、その中では食べ物、飲み物、お土産、装飾品と様々なものが売っている。年末の冷たい風に混ざるシナモンの香り。それを通り過ぎればお肉の焼ける香りもする。
 シャシリクも、シュクメルリも、グリューワインも、ホットチョコレートも、全てが私達を誘惑しているようだ。 

「あれもこれも食べたくなっちゃう」
「すげぇ良い香りするもんな」

 衛輔くんはシーズン中だし、そんなにたくさんは食べないだろうから私も控えめにしようとは思ってる。でもやっぱり一年に一度しか味わえない雰囲気の中にいると、そういう決意は簡単に揺らいでしまう事も私はよくわかっていた。
 一先ず片手で食べられるブリヌイを購入し、暖房器具の近くで立ちながら食べる。小腹を満たしながら、私はかねてより考えていたことを衛輔くんに提案した。

「そういえば私、衛輔くんとペアのもの欲しいなって思ったんだよね」
「ペア?」
「あ、嫌だったら無理にじゃないんだけど。時計とか、靴とか、普段使いしやすいもので、色違いとか、なんでもいいから持てたら、その、嬉しいなって」
「全然嫌じゃない。むしろめっちゃ良いじゃん」

 衛輔くんが快諾してくれたことに安堵しながら、最後の一口を咀嚼した。私が急にどうしてこんなことを提案したのか、その理由を知ったら衛輔くんは驚くかな。
 理由を口にするつもりはなかったから、身体も温まった事だしと、スケートリンクを目指そうと腕を引く。
 再び賑わいの中を進むと、見えてくるのは中央にある大きなクリスマスツリー。去年、衛輔くんと一緒に写真を撮った場所。今年もその荘厳さと美しさは健在で、思わず見つめると衛輔くんが言った。

「そういや去年撮った写真まだある?」
「あるよ。さっき衛輔くん待ってる時見返したら、私の顔引きつってるなって思った」
「そんなことないだろ。普通に可愛いかったし」

 時々恥ずかしいとは思うけれど、まっすぐに届く衛輔くんの声が私は好きだ。衛輔くんが届けてくれる言葉はいつもゆっくりと私の中へ沈み、ふとした拍子で顔を覗かせる。
 例えば、そう、去年。この写真を撮った時だってそう言ってくれた事、私はまだ覚えている。でもきっと衛輔くんは忘れているんじゃないかな。忘れるくらい、衛輔くんにとっては躊躇いもなく紡がれた言葉だったのだと思うから。

「衛輔くんに可愛いって言ってもらえると、本当に世界一可愛いって思えるから不思議だよね」

 もちろんそんなことはないと頭ではわかっているけれど、衛輔くんはいつもそう思えるような魔法を私にかけてくれる。緩く繋がれていた手に、力が籠ったのが分かった。

「可愛いよ。世界一」

 その言葉に私は笑う。口元を抑えて肩を震わせると、衛輔くんは「おい」とだけ言った。だってこんなのやっぱり笑っちゃうよ。笑っちゃうくらい幸せで、優しい時間なのだから。

「衛輔くん、スケートリンク製氷してるみたい。あと5分くらいで終わるみたいだけど」
「じゃあちょうど良いな」

 ともすれば盲目的とも思われかねない恋の中で、私はまたゆっくりと恋を深めてゆくのだろう。

(21.12.21)