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 クリスマスもお正月も過ぎ去った1月中旬。
 大きなイベントの後と言うこともあってお店は閑散としていた。ショーケースの中に並ぶケーキも減る様子を見せない。
 外では相変わらず雪が振り続けているけれど、暖房が効いた室内は眠たくなるほどに快適だ。ナスチャと共に店内の整理整頓をしながらゆっくりと流れる時間に身を任せた。

「そういえばナスチャ、試験勉強大丈夫?」
「いや、やっぱりひとつ危ない単位があって来週からしばらくバイトも休む予定なんだ」
「そっか。勉強頑張ってね」

 日々をのんびり暮らす私と比べて大学生のナスチャはいつも忙しそうだ。穏やかな性格のナスチャはそれを表に出すことはしなくても、バイトと勉強の両立は簡単なものではないとわかる。試験後に実行したいと考えている日本旅行の費用を捻出したくてバイトの出勤日数を増やそうかと悩んでると聞いたのはつい先日の事。

「あ、なんならお客さん少ないし、ナスチャ勉強してもいいんだよ?」
「ありがとう。でも流石に集中出来ない気がするからやめとくよ。だけど日本語の試験もあるからわからなくなったら教えてほしいかな」
「それなら任せて」

 ナスチャや衛輔くんのように忙しく過ごしている人が側にいると、私も何かしなくてはいけないんじゃないかと妙な焦りも生じる。ただ、焦ったところで何をすれば良いか思いつかないから、結局何をすることもなく1日が終わってゆくのが実状だ。
 ロシアに滞在できる期間もあと僅かだし、やろうと思ったことは全部やっておきたい。この国に後悔は置いていきたくない。そう思うのに、良くも悪くも現状で満足しているからか、具体的な案は何一つ思い浮かばなかった。

「そういえばナマエは今年の夏には日本に戻るんだって? レルーシュカが教えてくれた」
「あれ、ナスチャにも伝えたと思ったけど、伝えてなかったんだね」
「まだ半年以上はあるけれど試験があるときは一緒に働けないし、ちょっと寂しいなって」
「私も寂しいけれど、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
「モリスケとはどうするの?」
「どうするって?」
「遠距離恋愛? それとも結婚?」

 ナスチャの口から出てきたワードに一瞬、心臓が跳ねる。純粋な瞳で聞かれると恥ずかしい。だけど、純粋故に私は曖昧に誤魔化すことすらもできなかった。

「け、結婚はさすがに多分、衛輔くんと考えてはいないんじゃないかな……? それにほら、私達、その、付き合ってからまだ日が浅いし」
「僕、ふたりは日数だとか関係ない気がするな」
「え?」
「出逢うべくして出逢ったんだろうなって。ええっと、なんだっけ日本語で………ウ、ウンメイノ……アイテ?」
 
 確かに、私がここにいて衛輔くんと出会えたことには何かしらの深い意味があるんじゃないかと思った事もある。結果それがナスチャの言う「運命」なのかはわからないけれど、私はこの巡り合わせを、結ばれた縁を、いつまでも大切にしたいと思っている。
 ただ、それを堂々と衛輔くんに言えるほどの度胸がないのも事実だから、そう思うとやっぱり、これからのことは流れに身を任せるしかないのかなとも思うのだ。

「正直、衛輔くんとのこれからはまだ全然わからなくて、話しもしていないし、結婚も想像出来ないけど、お互いが世界のどこにいても信頼できて、想いあえる関係でいたいなって思う」

 ナスチャの口角が緩く上がる。
 良かった。恥ずかしがらずにちゃんと答えられて。考えを言葉にできて。

「モリスケが聞いたら感動して泣くかもね」
「もう、ナスチャ大袈裟だよ。衛輔くんなら壮大すぎるとか言って笑いそう」
「そうかな。でもモリスケも同じこと思ってそう。ナマエとはいつまでも信頼できて、想いあえる関係でいたいって」
「……うん。それは私もそう思う。そんな気がする」

 そうであってほしいという願望ではない。本当に衛輔くんは私に対してそう思ってくれていると思う。確信できるくらい、私はたくさん衛輔くんの心に触れてきた。
 だからきっと遠距離恋愛になったとしても、いつか結婚をしたとしても、私達は今と変わらずやっていけるんじゃないかな。

「あ! 私、衛輔くんと旅行してみたいかも。日本に戻ったら難しいし、それに私、エカチェリンブルク以外の大都市に行ったことないし! モスクワとか、サンクトペテルブルクとか行ってみたいな」
「いいね。どっちもそれぞれ違う魅力があるからこっちのほうが良いとは言えないんだけど、行ったら絶対に楽しいと思う」

 今はまだすぐ目の前のことで精一杯だけど、絶え間なく進む時間が私にとって、衛輔くんにとって、私達を取り囲む人達にとって、優しく、温かいものでありますように。
 しとしとと降り続ける雪を見つめながら、私は願った。

(22.03.10)