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 エカチェリンブルクの街に初雪が落ちたのは10月21日の早朝の事だった。目覚ましよりも早く、寒さで目が覚めた私はカーテンを開けて窓の外を見た。粉砂糖を優しく振りかけたように石畳は薄く色を付けている。
 根雪にはならず1度は溶けてまた地面の色を見せてはくれるだろうけれど、とうとう降ったか、と言葉にならない覚悟を決めた。秋から冬へのスイッチを入れたような、それが全員の共通認識になるような、そういう深く強い意味がこの初雪にはあるように思えた。

(冬モードオン、って感じだ)

 先週衣替えを終わらせておいたことに安堵し、朝の支度を始めているとスマホが震える。"衛輔くん"の文字が見えてメッセージを開くと『初雪!』の2文字に、恐らく衛輔くんの部屋から見えるであろう外の冬景色の写真が添付されていた。
 ここから見える景色と大きく変わるわけではないのに、写り込む街灯や道路脇のベンチに私と衛輔くんの見ている世界の異なりを感じる。同じ街、同じ瞬間、同じ景色。だけどほんの少しだけ違う角度。見えないところを補填するように共有できること。それがたまらなく嬉しくて私も衛輔くんと同じように、窓から見える景色を写真に収めて返信をした。

『暖房入れた! 寒いけど仕事いってきます!』

 スマホで気温を確認して、クローゼットからニットを選ぶ。日本だと暑く感じるインナーもニットもコートもスノーブーツも、ここだと防寒にはまだまだ全然足りない。手袋もマフラーも帽子も忘れただけで死活問題だ。
 エカチェリンブルクの女の子たちは寒さの中にもちゃんとオシャレを取り入れて、その身体を活かしたコーディネートをしているけれど、寒さに慣れない私はどうしたって「おしゃれは我慢」が出来なかった。ソーニャに言わせれば私は着込みすぎらしいけれど、私に言わせればソーニャは薄着すぎとしか言いようがない。

『頑張れ』

 アパルトマンを出る前に衛輔くんからの返信を確認する。
 冬の乾燥した空気は肌をピリつかせて、今日は帰りに保湿力の高いちょっと良いボディクリームを買って帰ろうと決意を固めながらお店に向かうと、まだ鍵の開いていないお店の前に立っていたのはソーニャだった。

「ナマエ!」
「ソーニャ!? 朝からどうしたの?」
「バーブシカから頼まれてたやつ学校に行く前に渡しておこうと思って」
「連絡くれたらよかったのに! 寒かったでしょ」
「ううん。今着いたばかりだからちょうど良かった。それより着込みすぎじゃない?」

 お店の内装に使う道具が入った紙袋をソーニャから受け取れば、信じられないと言うような瞳で私の服装を見たソーニャがそう言う。

「だって雪降ったし……寒いし……」
「今そんな厚着してたら真冬はどうするの? いつかナマエが寒さで凍っちゃうんじゃないかって心配だよ」
「さらに着込みます」
「ナマエがスノーマンになる日もそう遠くはないってことね」
「スノーマン……白いダウンだけは買わないでおく」

 クスクスと細い声で笑ったソーニャは冬の始まりの記念に、と着込む私の写真を撮って「学校終わって時間あったらまた寄るね。ウラルアルバートにあるカフェでナマエとガールズトークしたい!」と言い残してから学校へ向かっていった。
 お店の鍵を開けてすぐにレルーシュカがやってきて、共に開店の準備を始めていると一区切りしたと思っていた衛輔くんとのやりとりが再度動き出す。

『ソーニャから名前の写真送られてきて笑った。完全防寒じゃん。これなら風邪も引かないな!』

 冬の始まりの記念ではなくて衛輔くんに送るために写真を撮ったなと確信して、仕事の傍ら衛輔くんに返信をする。

『衛輔くんも笑うんだね……!』
『悪い。すげえ暖かそうでつい。でも俺も着込んでるから同じ!』

 その文と共に送られてきたのは言葉通り暖かそうな服を着込む衛輔くんとキーラのツーショットだった。これから練習に向かうのか、背景には他の選手らしき人や関係者が写り込んでいる。
 私と同じように衛輔くんだけが目立つように暖かそうで笑ってしまいそうになる。スポーツ選手だから人一倍体調や怪我には気を使っているんだろうけど、むしろベンチコートを着ている分、私よりも暖かそうだ。

『衛輔くんも暖かそう。それなら絶対に風邪引かないね』

 冬が始まる。たくさんのイベントと喜びをのせた、エカチェリンブルクの長い冬が今年もまたやってくる。

(20.12.09)