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 人がプロポーズする瞬間を見たのは初めてだった。
 目の前でニースとエイトールの手が繋がり合うのを見つめ、私は言葉を無くす。驚きすぎて瞬きをするのが精一杯だ。何よりエイトールじゃなくてニースがそれを言うなんて予想していなかった。いや、ニースらしいと言えばそうなんだけど。
 砂浜に歓声と拍手が轟く。ふたりが結婚する。ニースとエイトールが家族になる。ゆっくりと実感が伴ってきて、異国の地で出会った友人が幸せになるのだと思うと嬉しさにやっぱり言葉は出てこない。

「ナマエも」
「えっ」
「いつも一緒に応援行ってくれてありがとう」
「そんな! 全然!」

 翔陽の後に声をかけられて、ようやく言葉を紡げた。まだ心臓がドキドキしているのを感じながらニースと言葉を交わす。

「あ、それとショーヨー。ナマエの事、これからもよろしくね」
「え? あ、ハイ!」
「ニース!」

 訳もわからないまま頷く翔陽とニースの間に入り込む。もう絶対この間から私の事楽しみ過ぎだから! と視線で訴えると幸せそうなニースがウインクを投げる。そうだったニースってこういう女の子だった。そういうところが好きで仲良くなれたんだった。
 私が通訳者を目指さなければリオデジャネイロに来ることはなくて、リオデジャネイロに来なければニースと出会うことはなくて、ニースと出会わなければ翔陽と出会うこともなかった。奇跡みたいな繋がりはとても美しい。

(リオデジャネイロに来られて本当に良かったな)

 競技会の最終日、翔陽とエイトールは結果的に負けてしまったけれど悲観はどこにもなかった。それどころか幸福と充実感で満たされた空気は心地よくて、今ここにいられることがとても嬉しかった。


#  #  #


 競技会を最後まで見届けて、少し早い夕食を済ませ、燃え盛るような太陽が沈んでいこうとする頃、私は3日ぶりに翔陽の隣を歩いていた。ニースとエイトールと別れ、寮まで送ると申し出てくれた翔陽の優しさを素直に受け取る。なんとなくひとりになりたくなかったから翔陽がそう言ってくれたことに嬉しいと同時に安心した。

「改めてだけど、競技会おつかれさま」
「こっちこそ最後まで応援あざっした」
「応援楽しかった! ビーチバレーいいね」
「そう言ってもらえるとすげぇ嬉しい」
「翔陽の次の試合はインドアか」
「こっちにいる間は野良試合もするけど、公式ってなると日本に帰るまではないかも」

 私達はまだ出会って間もない。それでも翔陽がやりたいことの為に次のステップへ移行していくのは自分の事のように喜べる。その反面、帰国すればこうやって気軽に会えなくなる事が寂しいと思ってしまう。

「きっとあっという間だね」
「そんな気がする」
「ニース達の結婚式は出られる?」
「それは絶対に見届ける! あと、コルコバードの丘行く約束も!」
「ちゃんと覚えてくれてた」
「だって約束したじゃん」

 そんな風に言い切ってくれる翔陽が好きだな。
 一緒にいたら頑張ろうと思える。楽しくて、面白くて、知らない事をもっと知ることが出来るんじゃないかって好奇心がわく。私の人生に翔陽がいてくれたら多分、最高にハッピーな毎日を送れる気がする。
 うん。考えれば考えるほどそうだって思えて、私は足を止めて翔陽の名前を呼んだ。緊張も戸惑いもない。ただ私の胸に芽生える気持ちを伝えるだけ。
 微かに残る夕焼けが翔陽の髪の毛を照らす。ほら、やっぱり綺麗。この気持ちを伝えないなんて、そのほうがもったいない気がする。

「ねえ翔陽」
「なに?」
「告白していい?」
「告白? なんの?」

 翔陽は首を傾げた。

「ニースとエイトールに触発されたってわけじゃないんだけど⋯⋯あ、いや、ちょっとされたかも」
「うん」
「私、翔陽のこと好きみたい」

 翔陽が目を見開く。ビー玉みたいに丸い瞳が私だけを映した。

「エッ!?」
「あはは。驚いてる」
「す、すす、好き、とは⋯⋯?」
「普通に1人の男の子としていいなぁって意味の好き」
「お、おぉ⋯⋯告白⋯⋯コクハク⋯⋯」
「はい、告白終わり!」
「終わり!?」
「うん。返事ほしいとかじゃないし。言わないと人生の後悔になりそうだったから」

 呆然としたようなちょっと間抜けな顔で翔陽は私を見つめる。ニースほど大胆なことは出来ないけれど、なかなかうん、ちゃんと伝えられたんじゃないだろうか。

「あ、あのさ名前」

 先程の私と同じように今度は翔陽が私を呼び止める。温い空気に溶けていく翔陽の声が少し揺れて、微かにまだ見える夕日みたいに滲んでいるようにも思えた。

「なに?」
「俺、告白されんの初めてでこう言うときどうすんのが正解なのかわかんないんだけど、でも、嬉しいとは思うから、あざっした!」

 初めてか。翔陽に片思いしてた女の子くらいいそうだけど。そう思いながら頭を下げる翔陽に、私は笑いをこらえて言うのだった。

「翔陽、これからも変わらずによろしくね」

(21.02.28)


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