14


「お、終わったー!」

 つい声が出てしまうのは仕方ない。だって試験が終わったんだから。
 もちろん試験が終わったからと言って学ぶ事をやめるわけではないけれど、一区切りと言うことで私の心は解放感で満たされていた。
 あとはいくつかのレポートを提出して、クリスマスの1週間前には今回の試験が全て終わるという流れだ。それから年明けまで休みが続く。学生寮に残る人はそのまま、帰省する人は実家へ。私は勿論居残り組なのでクリスマスもお正月もリオデジャネイロで過ごす。

(レポートはなんとかなるから翔陽に連絡しようかな⋯⋯)

 とりあえず今日はリフレッシュするために休もうと決め、翔陽に試験が一区切りついたと連絡を入れようとした時、ニースから連絡が届いた。試験期間はバイトも入れなかったからニースと連絡をとるのも久しぶりだとすぐに内容を確認する。

『ハイ。試験はどう? 12月になってそろそろクリスマスどうするか決めないとってエイトールと話してて、ナマエの予定がないならうちでパーティしましょうってお誘い。日本には帰らないのよね? 1人でクリスマス過ごすなんてありえないわ。それに日本は北半球だから真夏のクリスマスは初めてだと思うし、一緒に楽しい日を過ごしましょ! 問題がなかったらショーヨーのことも誘っておいて!』

 濃い内容の連絡だけどニースの優しさが感じられる。キリスト教が主な宗教であるブラジルではクリスマスは家族で過ごす日と認識されているから、私みたいな独り身の人はたいていこうやってお誘いがあるらしい。

『ニースありがとう! ぜひお邪魔させてもらうね。試験も無事に終わって後はレポートだけ。それはなんとかなるから初めてリオで過ごすクリスマス楽しみにしてる! 翔陽のOKがもらえたら伝えるね』

 終わったら連絡するから会ってほしいと翔陽に言ったのは2週間前の事。どう切り出すか迷ったけれどニースに託された『翔陽をクリスマスパーティに誘う』という任務は私の背中を押してくれた。
 学校内のカフェテリアに移って外の席に座り、コーヒーとサンドイッチの乗ったトレーを目の前に置きながら翔陽に連絡をする。

『翔陽久しぶり! 今日無事に試験終わったから時間空いてる日に会いたいんだけどどう?』

 スマホの画面に木々の木漏れ日が差す。葉が揺れる音と生徒の話し声が混ざり合い、遠くに見える芝生では木陰で眠っている生徒が見える。先程まで試験に血眼になっていた自分の事も忘れ、私の呼吸はひどく穏やかだった。
 少しパサついたサンドイッチのパン。少し濃い目のコーヒーは一層眠気を覚ましてくれる。試験が終わったことを再度実感しながらひと息つくと、翔陽からの返信はサンドイッチを食べ終わった時にきた。

『試験お疲れ! 今日バイトあるから明日は!?』
『明日、大丈夫』
『よかった! じゃあ明日会おう』
『うん!』

 明日久しぶりに翔陽に会える。人と会うことがこんなに嬉しい気持ちになるのも久しぶりだ。ニースと会うときとも、日本の友達とテレビ電話する時とも違う感覚。
 それが今の私は翔陽にしか向かないであろう感覚だということはちゃんと理解出来ていた。

(明日はちょっと高いシャンプー使って髪洗おう⋯⋯!)


#  #  #


 地下鉄の出口に向う階段を軽快に駆け上がり出た瞬間に眩しすぎるくらいの太陽の光を浴びて一瞬、瞼を閉じた。ゆっくりと瞼を開けて広間を見渡す。

「翔陽!」

 その姿を見つけた瞬間私は駆け寄った。

「名前!」

 嬉々とした声で同じように名前を読んでくれた翔陽は私に向かって微笑みかける。暑くはない、程よい温かさが心に宿る。明かりが灯るみたいにじんわりと。

「試験お疲れ」
「ありがとう。まだレポートは残ってるんだけどひとまず大変なところはクリアした」
「おお。さすが」

 ボディバックを前に抱えて帽子を被る翔陽はどうやら今日は私と同じように地下鉄でやってきたみたいで、自転車を押さずに私の隣を歩く翔陽は久しぶりだった。

「今日も暑いね」
「どっか涼しいところ行きたいけど⋯⋯涼しいところ……うーん」
「涼しい⋯⋯あ、ロドリゴ・デ・フレイタス湖は?」
「めっちゃいい! 涼しそう!」
「じゃあ地下鉄乗って行こうか」

 サウスゾーンエリアにあるこの湖は近隣にレストランやカフェもあり、大きな湖を取り囲む鋪装された道はサイクリングにも快適で、地元民の憩いの場所として有名だ。毎年クリスマスの時期になれば湖上にクリスマスツリーが飾られる。水上に浮かぶクリスマスツリーとしては世界最大のそれは、点灯式もなれば多くの人が駆けつけるらしい。一昨日ニュースで点灯式が行われたと言っていたから行けば噂のクリスマスツリーがあるのだろう。
  
「この前クリスマスツリーの点灯式あったんじゃなかったっけ?」
「翔陽見た?」
「ニュースでやってたの見た! あとペドロが教えてくれた!」
「私もニュース見て涼しそうって思ったんだよね」
「あっ! 暗くなったら電気ついてんの見れんじゃない!?」

 嬉しそうに翔陽は言う。今は昼過ぎだけど、そう言うってことは夜まで一緒にいても良いんだ。良いって思ってくれてるんだ。なんの気もないであろう翔陽の言葉は私の心をまた簡単に揺さぶるのだった。

(21.03.06)


priv - back - next