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 蒸し暑さの中に涼しさを孕んだような風が頬を撫でた。

「こっちは高級住宅街があるエリアだから雰囲気も落ち着いてるね。風も気持ちいい」
「リオだけどリオじゃない感じがする⋯⋯!」
「だね」

 湖畔に通ずる道の手前までやってくれば雰囲気はすぐに感じ取ることが出来た。リオの中心部や有名な観光地と比べると随分と空気は落ち着いていて、老若男女問わず人がいるのがわかる。

「ここらへんには何があるかっていうと⋯⋯」

 近隣施設の案内が書かれた看板には自転車をレンタルすることもできるし、ボートに乗ることもできると書いてある。近くには運動場や映画館もあって休日を過ごすにはもってこいの場所だ。
 ニースからこの場所のことは聞いていたけれど、なかなか来る機会もなくて結局行けないままブラジル留学が終わってしまいそうだったから今日翔陽と一緒に来られたのは本当に良かった。

「めっちゃ広!」
「思ったより色々あるんだね」

 コルコバードの丘もここから近くて、登ればこの湖も見渡すことが出来る。時間があればそこまで足を延ばすのも良いかと思ったけれど今日は休日だから観光地のコルコバードの丘はここと違って人で溢れているかもしれない。

「コルコバードの丘行ってもいいかなと思ったけどイルミネーションの時間もあるしキリスト像はまた今度のほうが良さそうっぽい? 名前が今日行きたかったら行くけど!」
「ううん。別日でいいよ。人の少ない平日のほうがゆっくり見れるし」
「じゃあ上から見下ろすのはまた次の機会ってことにして⋯⋯あ、近くに植物園あるって!」

 翔陽は看板に書かれた植物園の文字を指差した。

「翔陽、植物園好きなの?」
「好きっていうか、ヤシの木とかでっかい花とか南国っぽい植物見るとブラジル来た〜って感じしない?」
「ちょっとわかる」

 嬉々とした様子の翔陽がかわいい。そうやって笑ってるところをそばで見られるなら最高だな。悩みとか吹き飛んじゃうような、翔陽の笑顔はいつもそういう感じ。だから好き。

「よし植物園行こう!」
「おお、名前なんかテンションあがってる!」
「うん、あがってきた! 始まったばっかりだけどかなり楽しい」
「わかる。俺も今めっちゃ楽しい!」

 植物園の入り口まで続く750メートルに渡るヤシの並木道。まるで上京したばかりの田舎者が都会の高層ビルに圧倒されるかのように私達も2人揃って空に向かうヤシの木を見上げては感嘆の声をもらしていた。

「この段階でも凄い」
「南国って感じしない?」
「南国って感じするねぇ」

 ランニングする人たちに追い抜かれながら入り口まで辿り着き料金を払う。中ではジャングルを閉じ込めたような空間が広がり一瞬アマゾンに来たのではないだろうかと錯覚しそうになる光景に息を呑んだ。
 日本語のパンフレットはないけれど、英語とポルトガル語のパンフレットを見るにここではブラジル原生の植物だけではなく外国の植物が何千も栽培されていて絶滅危惧種の植物も見ることができるらしい。

「じっくりみたら時間足りなさそうだね」
「スゲー⋯⋯。今更だけど植物園嫌じゃなかった?」
「えっなんで? 全然嫌じゃないよ。むしろこういうジャンル疎いからいろいろ知れるの嬉しい。ひとりだと行かなかったと思うから行こうって言ってくれてありがとう」

 そう言うと翔陽は特に言葉を返すこともなく私の顔を見た。透き通るような純粋な瞳に私が映る。その瞳から見える私はどんな風に映るのだろう。少しでもキラキラしていたらいいな。

「あ⋯⋯俺も、えっと⋯⋯アリガトウ⋯⋯ゴザイマス」
「あはは。なんで片言なの?」
「エッいやなんか、なんかこう、なんかこう⋯⋯!」

 慌てる様子の翔陽に笑いを堪えきれず肩を揺らす。好意を持つ相手に緊張しないことは良いことなのかどうなのか。
 いやむしろそれが翔陽の持つ力みたいなものなのかもしれない。見栄をはることも、良くあろうと無理をすることもしなくて良いと思える。ありのままで、だけど可愛く。背伸びはしないけど努力はしたいと思える。

「お互い迷子にならないようにしようね」

 だからって手を繋ぐことはないけど。それでも、もしはぐれたとしても私はきっと翔陽を見つけられる。私の瞳から見える翔陽はいつでも輝いているから。人混みの中でも暗がりの中でもきっと。

(21.03.09)


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