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 19時30分から点灯されるイルミネーションに合わせて湖のそばを歩く。
 植物園を後にして近くで夜ご飯を食べて、再び湖に戻ってきたときには休日ということもあって昼間と比べると人が増えているのがわかった。そのほどんどが男女の組み合わせで、今更ながら自分が翔陽とふたりで出かけているんだということを意識させられた。

(別に翔陽と二人きりで出かけるの初めてじゃないけどすごくデートっぽいよね⋯⋯)

 夕方と夜の狭間で混ざり合う空の色を見つめながら翔陽の横顔を盗み見る事しか出来ない。翔陽はそんなつもり全然ないかもしれないけど、私はそうだったらいいのにとこれからやってくる夜に願ってしまう。

「名前ベンチとかで休まなくて平気?」
「えっ」

 翔陽を見つめていた私の意識を引き戻すような言葉に思わず驚きの声をあげる。疲れてる感じ出てたかな。まあちょっと足が疲れてるけどまだまだ歩けるし元気だし。そう言うよりも先に翔陽は私の足元を見て言った。

「今日スニーカーじゃないから足痛くない?」
「⋯⋯翔陽ってちゃんと見てるよね。ポイントわかってるっていうか⋯⋯」
「そ、そう?」
「うん。やっぱりモテてた?」
「まさか! モテてない! 悲しいくらいに! 妹いるから! なんとなく!」
「そっか。そう言えば翔陽お兄ちゃんだった」

 意外と見てくれているんだなとか。悲しいくらいにモテてなかったのかとか。優しさに甘えてしまいそうだなとか。思うことはたくさんあった。どれも言葉にはせず、最終的に「嬉しい」に集約された気持ちは私の顔を緩ませる。

(腑抜けた顔になってる気がする⋯⋯)

 なんとなく悟られたくなくて誤魔化すように言ったのはニースから頼まれたクリスマスのお誘いだった。

「そういえばね、ニースからクリスマスのパーティーに誘われてて、翔陽に予定ないなら翔陽も誘っておいてって言われたんだけどクリスマスの予定ある?」
「まじで? ペドロ実家帰るって言うからバイト入れようと思ってた! けどパーティー行きたい!」
「じゃあ一緒にニースとエイトールの家行こう」
「おお! 楽しみ」

 まだもう少しだけ一緒にいられるけれどもしこの瞬間だけを切り取ることが出来るのなら、私はそれをきれいな額縁に入れて部屋に飾るだろう。だけどそんな魔法みたいなことは出来ないからゆっくりと心が震えた時間を振り返るしかないのだ。

「植物園も楽しかったし夜ご飯も美味しかったし、1日あっという間だったね」
「植物園めっちゃ凄かった!」
「日本庭園あるのもびっくりしたよ」
「あそこめっちゃ日本!」
「あはは。わかる、めっちゃ日本だった。懐かしい〜って心がほっこりした」
「あと夜ご飯に選んだボリビア料理も美味くなかった!?」
「あれ美味しかった! また行きたい!」

 満たされた気持ちのまま夜が深まる。腕時計を確認してあと数分で点灯される水上のクリスマスツリーを見つめた。

「そろそろ点く?」
「うん、もう少し」

 立ち止まり湖に身体を向ける。一定の距離を保って離れた場所ではカップルであろう2人が仲睦まじく身を寄せあっている。日本では考えられない外でのスキンシップもここではそう珍しくもない。外でのキスもハグも見慣れた光景だ。
 だけど、いつもなら流してしまう光景も翔陽といるせいで必要以上に意識してしまっている。平常心、平常心。と自分に言い聞かせる私に、その瞬間、翔陽は私の名前を呼んだ。

「めっちゃ綺麗! やばい!」

 私は翔陽の瞳の中に映るクリスマスツリーが綺麗だと思った。何も言えないまま視線をクリスマスツリーに向けて、私も翔陽と同じ景色を瞳に映す。

「綺麗だ⋯⋯」

 湖上ではクリスマスツリーの光が水面に反射して幻想的な雰囲気を作り上げていた。鬱陶しい蒸し暑さも木が揺れた音も忘れて目の前の光景に心を奪われる。昼間は意外と簡素だと思っていたのに光りが点るだけでそれはガラリと姿を変えた。
 クリスマス。そっか、クリスマスか。暑くてもコートを着ることがなくても雪が降らなくても、もう少しでクリスマスはやってくるのか。

「去年も思ったんだけどさ、こんな暑いのにクリスマスって変な感じしない?」
「うん。夏みたいなクリスマスは初めて」
「でも街中はクリスマスイルミネーションでキラキラしてるし、クリスマスセールとかするし暑くてもクリスマスなんだなーって去年めっちゃ思った」
「確かに。むしろそれでハッとさせられるよね」
「あ、でも今年は名前がいるから去年とは少し違うか」

 イルミネーションの光に照らされた翔陽の笑顔。キラキラと、キラキラと。クリスマスは好き。イルミネーションも好き。だけどやっぱり今の私にとって何よりも輝くのは目の前にいるこの人、日向翔陽であることに変わりはない。

「⋯⋯クリスマス当日も楽しみだね」
「だな!」

 もう少しだけ、あと少しだけクリスマスを想うこの夜を共有したくて私は湖上のクリスマスツリーをただただ眺めていた。

(21.03.13)


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