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 ニースと約束していたクリスマスパーティーの日は思いの外早くやってきた。

『おはよ! 今日エイトールたちのところに行く前にプレゼント買いに行こうと思ってて、名前時間あったら一緒に行かない?』

 カーテン越しの太陽光を浴びて私は翔陽からの連絡で目が覚めた。眠気眼でぼんやりと文章を見つめたけれど、まだ覚醒しない頭ではその文章を理解するのに少しだけ時間がかかってしまう。

(プレゼント⋯⋯プレゼント? プレゼント⋯⋯!)

 翔陽のメッセージで気がついた。私も皆へのクリスマスプレゼントをまだ買っていないということに。招かれた身なのにこれはやばい。つい昨日までレポートに追われていた自分を思い出しながら後悔と焦燥を覚える。
 いや、まだ間に合う。翔陽と一緒に買いに行けば間に合うのだ。

『私も買いに行きたい! 約束の時間が19時だから15時に待ち合わせしない?』
『オッケー!』

 安堵から気が抜けてこのまま布団から出たくない欲がこみ上げたけれどどうにか自分へ活を入れ、スマホの画面をしばらく見つめてからベットから抜けだした。
 せっかく翔陽と一緒に出かけられることになったんだからオシャレしたいし。きちんと身なりを整えなくては。
 申し訳程度にかけていたタオルケットを丁寧に畳んで、カーテンを軽快に開けて、太陽の日差しを浴びてはじまる今日は出だしから好調だ。


#  #  #


「名前」

 名前を呼ばれると同時に影が落ちて、見上げた先には翔陽がいた。

「あ、翔陽。おつかれ」
「ごめん、作業中だった? いや俺もしかして遅刻した!?」

 手元に散らばるレジュメや置いてあるタブレットに目線を配らせた翔陽は慌てて言う。腕時計を確認する翔陽を見て、今度は私が慌てる。

「違う違う。時間通り! 大丈夫! 私が少し早く来ていろいろやってただけなんだ」

 市内中心部にある大型デパートで待ち合わせしようと決めた後、私は少しだけ早くここへ来てフードコートで来年からの授業スケジュールを確認していた。昼を過ぎたとは言え、クリスマスだからかフードコートはまだ多くの人で賑わっている。

「今日寮のネットワーク不安定で」
「もう大丈夫そう?」

 丸い翔陽の瞳に私が映る。半袖から伸びる、筋肉のついた日に焼けた腕。日焼け止めたくさん買ってたくさん使っているとは言っていたけど、あの太陽の下でずっとビーチバレーをするとなると、流石に市販の日焼け止めも紫外線には勝ち切れないだろう。フードコートの冷房は、今の翔陽には少し寒そうだなと思いながら、机に散らばったレジュメを片付ける。

「うん。もう大丈夫。ちょうど終わったから翔陽来たタイミングばっちりだったよ。さっそくプレゼント買いに行こう!」

 翔陽が帰国してから3ヶ月後に私も日本へ戻る。残り約半年。終わりが間近に迫るブラジル留学は私の人生を大きく変えた。孕む物寂しさは日々膨らんでいるけれど、それでもまだ半年もあると考えれば私がやれることはきっともっとたくさんある。
 翔陽の隣に並べば、それもまた私のやるべきことのようにも思えた。あと3ヶ月翔陽はリオにいる。少なくともあと3ヶ月はこうして一緒にいられるのだ。

「名前何買うか決めてる?」
「まだ。検討もつけてない」
「じゃあ一緒に買って俺達からってことにしない?」
「いいね。そのほうが予算も上がってプレゼントの質があがる!」

 翔陽の提案に賛同してデパートの中を物色する。外資系のインテリアのお店。ブラジルのブランドのお店。ギフトが集まった高級雑貨のお店。広いデパートを2人で駆け回り、結局プレゼントが決まったのは夕方5時を過ぎてからだった。

「結構時間かかったね」
「でもちょー楽しかった! これならふたりも喜ぶ!」
「渡すの楽しみだね」
「だな⋯⋯あ、俺名前へのプレゼント用意すんの忘れてる!」
「え? あ、あ〜! いや、私も忘れてる!」

 無事に買い物も終わったし後は時間までゆっくり休もうか、という雰囲気が翔陽の言葉で一気に変わる。お互いに顔を見合わせてどうするかと目と目で語り合った。

「1時間後にまたここで待ち合わせない? その間にお互いのプレゼントを買うってどう?」
「1時間⋯⋯オッケー!」

 タイムリミットは1時間。健闘を祈ると言わんばかりに互いに別れを告げてそれぞれのプレゼントを選ぶ為にそれぞれの方向へ歩き出した。クリスマスの日に翔陽とこんなことをするなんて思いもしなかった。でも予想していなかった分、今すごく楽しい。
 翔陽の喜ぶもの。ただそれだけを考えて今度は一人でデパートを歩く。この建物のどこかで翔陽も私と同じように歩いているのを想像しながら。パーティーまであと2時間。
 常夏のクリスマスは始まったばかり。

(21.04.16)


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