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 テレビから流れてくる音がかき消されるほど盛り上がっているのにはエイトールの陽気さに加え、多少のお酒もあるだろう。隣に座っている翔陽がエイトールとビーチバレーのことや日本のことで盛り上がっているのを耳にしながら私もぼんやりとした意識を保つ。
 ブラジルの人が好むお酒はアルコール度数ものが高いものばかりだから今日は気をつけて飲むようにしようと思っていたけれど、今日は泊まっていってねというニースの言葉が私の限界値を下げた。それにニースのご飯が美味しかったから。誰に言うわけでもない言い訳を心の中で呟く。

「ナマエも次のお酒飲む?」
「ううん。私はそろそろミネラルウォーターにしておく」
「じゃあ持ってくるわね」
「ありがとう」

 さすがにもうストップしないと明日の私が後悔する。キッチンに消えてゆくニースの後ろ姿を見送って、翔陽に視線を向けた。まじまじと見つめる私の視線にすぐ気がついた翔陽は少し首を傾げて問う。

「名前、酔った?」
「えっと⋯⋯ほろ酔いくらいかな」
「そんな飲んでないように思ったけどこっちのお酒アルコール強いもんな」

 そう言う翔陽はたいして酔っている様子は見えなかった。エイトールほどとは言えないものの、翔陽もそれなりに飲んでいる気がしたけど。ショットグラスで飲むようなお酒と比べてはいけないれけど、翔陽の前に置かれているアルコールの瓶だって決してアルコール度数が低いとは言えないのに。

「翔陽はそんなに飲んで大丈夫?」
「俺もそろそろ水に変えようかなとは思ってる」
「翔陽、結構お酒強いよね」

 前々から思っていたことを口にした。見た目でお酒の得意不得意は測れないけれど、なんとなく翔陽はそんなにお酒飲まないのかなと勝手に思っていたから、初めて一緒にお酒を飲んで意外と翔陽が飲めることに驚いた日のことを思い出す。

「最初は全然飲めなかったけど周りがめちゃくちゃ飲むから気がついたら飲めるようになった!」

 なるほどそういうものか。確かに翔陽はビーチでもいろんな人に絡まれているしそういう付き合いも多くなるのかもしれない。酔ってでろでろになる翔陽こそ想像出来ないなと思いながら、頬が赤らむでもなく、呂律が回らないわけでもなく、本当にいつもと同じ様子の翔陽を私は見つめるままだった。

「⋯⋯あの、やっぱり名前、結構酔ってない?」
「え?」
「眠たそうな顔してる、し、いつもそんなにじっくり見てこない、し」

 そうだっけ。翔陽が気がついていないだけで私は結構翔陽のこと見つめてると思うけど。ああ、でも確かに少し眠たいかも。お酒でぼんやりとする頭は思考の力が落ちている。
 今夜はもう単純単調なことしか考えられそうになくて「だって翔陽のこと好きだし」と不純物が混ざらない至ってシンプルな解答しか導き出せなかった。その結論を言葉にする前に、ペットボトルのミネラルウォーターが目の前に掲げられる。

「ハイ、お水」
「ニースありがと」
「ケーキも今から切ろうと思うんだけど食べられる?」
「食べるよ。甘いものは別腹。絶対に食べる。楽しみ!」

 微笑みを残してニースは再びキッチンへと消えていく。
 ケーキを食べてクリスマスの映画を見ながらプレゼント交換して、こんな典型的なクリスマスパーティーをするのって子供の頃以来だ。楽しいな。自然と笑顔がこぼれてしまうには十分すぎる状況に心が浮足立っていくような感覚を覚える。
 そんな中、ふと翔陽からの視線に気がついた。さっきまでは私が見つめていたけれど今度は翔陽が私を見つめている。「楽しみだね、ケーキ」それを言うよりも先に翔陽は慌てて私から顔をそむけた。
 翔陽は人の目を見て話してくれるから視線があうことなんて普通のことだけど、慌ててそらされたのは初めてで私は思わず言及してしまう。

「翔陽、何かあった?」
「えっいや、なんでもない!」
「なんでもない⋯⋯」
「なんでもない!」
「私の顔になにかついてたとかでもなく?」
「じゃなくて! 全然! なんでもない!」

 なんでもないっていうような顔じゃないけど。腑に落ちないまま少しだけ翔陽と距離を詰めようとしたけれど、それだと翔陽を困らせてしまうかなと思って結局それ以上問うことは出来なかった。

「おまたせ。ナマエのケーキ、美味しそうに切れた部分を選んだわ」
「ありがと〜!」

 その瞬間、目の前に置かれたケーキに私の意識は完全に持っていかれる。8等分されたうちの一つがお皿に乗っていて、ニースの言うとおり綺麗に切られた断面からはラズベリーのジュレが見えた。上に添えられた生クリームと刻まれたピスタチオの食感が喧嘩することなく調和している。やっぱりこれで間違いなかったと数時間前に買い物をしていた自分を思い出す。

「はあ⋯⋯幸せ」

 小さく呟いたその声が届く範囲はどれ程だったのか。

(21.04.19)


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