20


 はっと目を覚ましてあたりを見渡せば、部屋は静寂と暗闇に包まれていた。夜のしじまは世界が眠りについたかのように先程までの喧騒を飲み込んでいる。世界で目を開けているのは自分だけだと錯覚してしまいそうだったけれど、裏側の日本ではもうクリスマスが終わってお正月の雰囲気に変わっているんだと思うと妙な気分になった。
 映画を見ている最中に眠ってしまったことを思い出したのは、窓の外に浮かぶ半分になった月が目に入った瞬間だった。ソファに座っていたのにベッドにいるということはエイトールか翔陽が運んでくれたのかもしれない。想像して恥ずかしさと申し訳なさが私を襲う。

(明日起きたら謝ろう⋯⋯)

 水をもらいに行こうと私しかいないゲストルームを抜けてリビングへ向かう。廊下を静かに歩いてリビングに繋がるドアを開けた。月明かりが薄暗く部屋の中を照らす中、夜の名残が部屋に散らばっている。点滅を終えたクリスマスツリーが片隅で見守っているのを見つめながら、ソファにタオルケットをかけて翔陽が眠っていることに気がついた。
 先程よりも気持ちを集中させて起こさないようにとキッチンを経由して中途半端だったペットボトルのミネラルウォーターを手に持ちベランダへ向かう。
 時計を確認しなかったからわからないけれど、街の静けさから考慮すると深夜をまわって数時間は経っているかもしれない。ベランダに置かれた椅子に座って空を見上げる。ぬるくなったミネラルウォーターはするりと喉を通っていった。
 
「なにしてんの?」

 前触れもなく聞こえてきた翔陽の声に身体が跳ねる。驚きながら声の方をみた私に「ごめん、驚かせた!」と慌てた声で翔陽は謝罪した。

「私こそごめんね、起こしちゃったね」
「へーき。眠れなくなった?」
「さっき起きちゃって。水飲んでからまた寝ようかなって思ったんだけど、外静かだなって思ってなんとなく」

 私と対面するようにもう一脚の空いた椅子に座った翔陽は同じように空を見上げる。

「それと途中で眠ちゃってごめん。私のこと運んだの翔陽かエイトールだよね?」
「運んだの俺! 眠そうだったから寝ちゃうだろうなとは思ってたし、2人にはまだプレゼント渡してないから明日一緒に渡そう。勝手に身体触ったのは、その、ごめん」
「あ、いや、それは⋯⋯全然。むしろ、ありがとうっていうか」

 夜の顔はどうして昼とこんなにも違うのだろうか。隠したことが隠せなくて、伝えたいことが伝えられない。包まれるような開放感は余計なことを口走ってしまいそうでどこか怖い。

「あ! そうだ。ちょっと待ってて!」

 思い出したように突如そう言った翔陽はリビングへ戻っていった。数秒の後、何かを手にして戻ってくると、椅子に座って小さな円卓のテーブルに紙袋を置いた。

「クリスマスプレゼント! 名前に選んだやつ! クリスマスは2時間くらい過ぎちゃったけど受け取って」

 夜の光を瞳に携えて翔陽は優しく微笑んでいた。込み上がる感情を必死に抑えて「ありがとう」と言うのが精一杯だ。
 小さな紙袋の中には綺麗にラッピングされた箱が入っていて、割れ物を扱うときのように丁寧に解いていく。中から現れたのはクリスマス限定のコフレだった。

「一緒に買い物してる最中名前じっとこれ見てたからほしいのかなって思ったんだけど⋯⋯俺ミスった!?」

 何も言わないままの私に翔陽は焦るように言う。
 違う。そうじゃない。ほしかった。可愛いなと思って見てた。言いたいのに、好きな人からもらうプレゼントがこんなにも嬉しい気持ちにさせてくれるなんて思いもしなかった私はかろうじて紡げた言葉だけを翔陽に伝える。

「⋯⋯ううん。すごく嬉しい。本当にありがとう」

 私も渡さないと。ああ、でもバッグどこだろう。リビングに置いたままかな、ゲストルームまで運んでくれたかな。

「⋯⋯あのさ」

 考えを巡らせる私に、翔陽は間を開けて声をかけてくる。言うかどうか迷うような顔つきに私は返事をすることなく視線を返した。何かが違うんだけど、それが何であるか私にはわからない。

「さっきの嘘で」
「さっきの?」
「起きてるとき、俺が名前のこと見てたとき」
「あー⋯⋯うん」
「あの時なんでもないって言ったけど、本当はケーキ楽しみにしてる顔が、その、かわ⋯⋯か、かわ、いいなって思って」
「え?」
「⋯⋯今も、そう思った、から⋯⋯伝えておきたいなって」
 
 夜が暴いたのは私の気持ちだったのか、翔陽の気持ちだったのか。隠せたのか、さらされたのか。
 言った後に恥ずかしさからか視線をそらした翔陽は「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。全てが塗り替えられるように私は翔陽の言葉に支配された。気まずさとは違う、なにかえもいわれぬ空気が漂うのがわかる。

「あ、の」
「うん」

 何か言わなくちゃそう思ったのに結局何も浮かばなくて「なんでもない」とさっきの翔陽みたいに私は言う。きっと今日はもう眠れそうにない。終わりゆくクリスマスに残された余韻は一体、何を変えていったのだろうか。

(21.04.20)


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