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 モザイクの遊歩道に隣接する車道を渡る。長く伸びた道に歩行者の為の横断歩道なんてものはない。左右の車の流れを確認して、ここぞというタイミングを狙って渡るのだ。来たばかりの頃は現地民に混ざるように渡っていた車道も、今ではひとりで渡れるほど逞しくなった。
 夜のビーチを背にし、4人並んで車道を渡ればすぐに目に入る目的のお店。

「ここ! オススメのシュラスコ!」
「あ、ここ前から気になってた」
「たまにエイトールと食べにくるんだけど、すげぇ旨い」

 コパカバーナ海岸に存在する多くの店は夜遅くまで営業している。波がさざめく音。1年を通して変わらない南米の蒸すような暑さ。夜に轟く若者の声をかけ分けるように歩く。
 土地柄、高級店や観光客向けのお店が並ぶ中、比較的小ぢんまりとした入り口をくぐって入店すると中はすでに現地民らしい人達で席が埋まっていた。エイトールがお店の人とやりとりして、奥に4人席を用意してもらう。
 テーブルにある手のひらサイズのプレート。この裏表に書かれた文字を見て、肉が刺さった串を店員が届けてくれる。「Yes」と書かれた緑色の面をわかりやすい場所に置けば、さっそくシュラスコを手にした店員がこちらまでやってきてくれる。

「シュラスコ食べんの久しぶり」
「ショーヨー、シュハスコな」
「日本だとRを発音するからシュラスコって呼ばれてるんだよ」
「まじかよ。変な感じ」

 よく冷えたマテ茶が運ばれれば、互いに顔を見合せてグラスを掲げた。

「Saúde! (乾杯)」

 その合図をきっかけに、店内の騒がしさと混ざるように私達4人の声は広がる。まだ試合が続くからと誰もアルコールは頼まなかったけれど、すでに心は陽気な気持ちになっていた。

「それにしても2人知り合いだったなんて」
「知り合いってほどでもないよ」
「なに言ってるの。言葉を交わしたら知り合いでしょ」
「さすがラテンの国⋯⋯」
「日本人は内向的過ぎるのよ」

 狭い店内に並べられたテーブルを順に巡ってくる店員から色々な種類のお肉をもらいながら、翔陽とエイトールは次々とお肉たちを胃の中におさめてゆく。
 翔陽の体格は特段小さいってわけじゃないけれど、この国では体躯の良い人が多いから一見するとたくさん食べるようには見えない。だけど実際、翔陽の食べるお肉の量は私とは比べ物にはならなくて、スポーツ選手とわかっていながらもシュラスコを食べる翔陽を感心の目で見つめていた。

「あ、これ確かピッカーニャ! 頼む?」
「ううん。そうじゃなくて。いっぱい食べるから見てて気持ちいいなって」
「そう?」

 会話も進んで一通りの部位は食べたのに、翔陽とエイトールの様子を見ているとまだプレートを裏返す様子はない。ピッカーニャも美味しいけどサラダを食べてサッパリさせたいし。そろそろ私も好きな部位を厳選してお願いしなくちゃキツいなと感じてきた頃、ニースが翔陽の名前を呼んだ。 

「ショーヨー、帰りはナマエのことちゃんと送っていってね。何かあったら許さないから」
「ウス!」
「え、いいよ。配車アプリで頼むし」
「この時間だし女の子1人はやめとけ。特にアジア人は目立つだろ」
「まあ⋯⋯確かに」
「俺なら全然いいよ。学校の寮まででいいの?」
「あ、うん。ここからそんなに遠くはないんだけど」

 リオデジャネイロの治安と、日本の治安を同じに考えてはいけないということは日本にいた頃から耳にタコが出来るくらい聞いていた。スリや置き引きなんかの軽い犯罪は当たり前だし、夜遅くに女性が1人で歩くなんてこの国では襲ってくださいと言っているようなものとそう変わらないということも理解している。
 試合後の翔陽にわざわざ送ってももらうのは些か申し訳ないと思ったけれど、エイトールの言葉を聞いて私は翔陽に頭を下げた。

「じゃあ、お願いします」
「お願いされました」

 同じように深々と頭を下げた翔陽。お互いの日本人らしい行動に顔を見合せて笑えば、確かにもう知り合いというカテゴリーにはおさまらないような気がした。

「それは日本式の挨拶?」
「うーん。まあそんな感じ」

 ひとしきり満足するまでお肉を食べ、ようやくプレートを裏返して赤い「No」の文字が見える。エイトールが皆からお金を徴収してまとめて支払いをして外に出れば、夜の深まったリオデジャネイロの空に温い風が吹いた。

「俺は名前と一緒にタクシー乗って寮の入り口まで行ったらそのまま走って帰るかな」
「走って!? いや危ないよ!」
「いやでもお金なくて⋯⋯ハハハ⋯⋯」
「あ、私の自転車貸す? バイト行く時しか使わないからすぐ返さなくても大丈夫だし」
「いいの? じゃあ、借りようかな」
「うん。ぜひ使って。その方が私も安心して眠れる」

 支払いの最中に手配していたタクシーがやってきて、私と翔陽は車に乗り込んだ。
 エイトールとニースにおやすみを告げると、タクシーは目的地に向かって夜のリオデジャネイロをひた走る。長く続く直線。賑やかなリオの夜はこの道のようにどこまでも続いていきそうな気がした。

(20.11.28)


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