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 3日ぶりの連絡は久しぶりとは言えないのに、届いた翔陽からのメッセージにひどく長いこと連絡を取り合っていなかったかのような錯覚に陥った。

『初日の出一緒に見に行かない?』

 同時に、一行のメッセージからそれ以上のものがないかと探ろうとしてしまう。クリスマスの余韻が尾を引くように続いて、思い出す翔陽の顔はいつも月の光に照らされていた。あの夜のことを思い出そうとすればするほど私の中の少女じみた感情が顔を覗かせる。

『前に一緒にビーチで見た朝日、お正月に一緒に見たい』

 返事をするよりも先に翔陽からのメッセージが続く。
 初詣も除夜の鐘もおみくじを引くこともないお正月に私達を繋げるのは、確かに変わらずに昇り続ける朝日なのかもしれない。
 私が持ち合わせる答えはたった一つ。

『行きたい』
『じゃあ前の時みたいに寮の前まで迎えに行くから着いたら出てきて!』

 薄暗い夜の道を駆け抜けるあの感覚。目の前を走る翔陽を追いかけるようにペダルを漕いで1日の始まりに追いつくみたいに海を目指す時間。
 あの頃はまた不確かな感情で太陽の光が滲む海を見つめる翔陽がただ綺麗だなと思ったけど、その感情に明確な名前がついてしまった今、私の心を揺さぶるあの光景はこの目にどう映るのだろう。
 それでもきっと、切なくなるくらい美しいということだけは想像できた。

『うん。わかった』

 まだ翔陽の名前すら知らなかった1年前は、そんな風に年を超すことになろうとは想像すら出来なかった。ただただ留学するという現実が楽しみで他のことを考える余地なんてないと思っていたのに、知らぬ間に落ちていった恋はいつも勝手に膨らんでいく。
 それでも翔陽を好きになって恋に気持ちを奪われるのではなく、私ももっと頑張ろうと思える感覚がたまらなく心地よい。これが恋か、と。私が翔陽にした恋の形はこれなのか、と。


#  #  #


 部屋の掃除も終えて今年も残すところあとわずかとなった。お昼を過ぎると日本にいる家族や友人から年を越したとの連絡が届いて、一足早い新年の気分を味わう。

(こっちはあと半日あるもんなあ)

 明日は早朝に起きなくちゃいけないから年越しの瞬間はきっと夢の中にいるだろうけど、きっと目が覚めた瞬間私はまっさきに翔陽のことを思い出すだろう。翔陽を好きでいるということは私にとって、とても落ち着く事実だ。
 シーツを取り替えたばかりのベッドはお日様の香りがして、ダイブするように飛び込めばそのまま眠ってしまいそうになる。陽だまりに包まれているみたい。それは翔陽といるときの感覚にとてもよく似ていた。

(名は体を表すっていうけど、翔陽は本当そんな感じする)

 奇跡だろうが運命だろうがなんだっていい。私はきっと世界のどこで出会ったって恋をするのだ。ブラジルだろうと、日本だろうと。自分の好きなものと共に生きていこうとする翔陽を見つけて、心を奪われる。
 愛とは何かは今でもわかりかねるけど、ニースの言う「理屈じゃない」ならわかる。重ねてきた時間は私達の関係性をゆっくりと変えた。多分もう、少なくとも私は戻れない。翔陽と出会わなかった頃の気持ちに。夢に出てきてほしいって思うのはそういうことだと思うから。
 

#  #  #


 目覚めた瞬間は実感なんて沸かなかったけれど、夜中にニースからきていた新年のメッセージに新しい1年が始まったんだと気持ちを切り替えさせられる。今日は地下鉄も24時間動いているけれど翔陽が指定したのは自転車で、やっぱりそれが翔陽らしくて嬉しかった。

『今から向かう!』

 その連絡から15分後、寮の入り口の前に自転車に乗った翔陽はやってきた。

「あけましておめでとう!」
「あけましておめでと。今年もよろしくね、翔陽」
「よろしく、名前」

 朝の挨拶をするよりも先に翔陽が口にしたのは新年の挨拶だった。翔陽のロードバイクは今日も、どこまでも進んでいけそうなくらいたくましく見える。
 薄暗い夜に、微塵も不安を覚えないのはきっと翔陽が目の前にいるからなんだろう。
 気分が上がる。翔陽に会えたからなのか、新しい年を迎えたからなのか。それともクリスマスに翔陽がくれたプレゼントでメイクをしたからなのか。

「じゃ行こうか」
「うん」

 それはいつかの日と同じように。朝に間に合うように夜を駆ける。風は今日も私の背中を押してくれた。

(21.04.24)


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