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 約20分かけて電車は下山し、街中に向かうバス停に急ぐ。タクシー乗り場にいる運転手の声掛けを無視してバスの列に並べば、幸いにもバスは定刻通りに来ていて列の先頭の人が乗り込んでいるようだった。
 これならすぐ寮に戻れるなと思ってふと思い出す。あ、でもまだ翔陽の話したい事、話せてないと。

「そういえば翔陽の話途中だったよね!?」
「えっ、あー⋯⋯あれはまた今度にする」
「大事な話とかじゃないの?」
「大事な話なんだけど大事な話だからちゃんとした時に言いたいからへーき!」
「ごめん⋯⋯」
「名前が謝ることじゃないって!」

 謝ることだよ。私の都合でこうなってしまったんだから。翔陽の優しさについ甘えてしまいそうになるけれど、せめて伝えられる気持ちは伝えておこうと翔陽を見つめた。

「でも私、今日楽しみにしてたのは本当だから。楽しいって思ったのも本当で、プレゼントもらえて嬉しいのも全部全部、翔陽とだから。だから今日、本当にありがとう! 次会う時にちゃんと話聞くね」

 もう行かないと。列にいた最後の人が乗り込もうとしている。乗り遅れたら次、目的地に向かうバスが来るのは20分後だ。
 最後に翔陽にそう伝え背を向けてバスに向かおうとした瞬間、腕を掴まれる。歩みが止められて、それが翔陽によってされたとわかるのは振り向いてからだった。
 真っ直ぐに私を見つめる双眸。帽子のつばの影が落ちていても、そこに私だけが映っているのがわかった。

「⋯⋯え?」
「え⋯⋯ハッ! ご、ごめん!! 無意識だった!」

 言葉と共に翔陽は手を離して距離を取る。無意識の行為に理由を聞こうとしても意味はないだろうけど、真意を知りたくなる。ほらまた刻まれた。バスドライバーの「乗る? 乗らない?」の問いかけがなかったらきっと私は動けなかった。

「の、乗ります!」

 慌てて乗車する。後ろ髪を引かれるように車内から翔陽を見た。私に向かって手を振ってくれる翔陽は、いつもと何が違ったんだろう。掴まれていた腕がやけに熱い気がする。
 動き出すバスは私達を引き離したけれど、感じる鼓動に翔陽の言葉の続きがただ気になって仕方がなかった。


#  #  #


 翔陽と話が出来たのはそれから2週間弱経ってからの事だった。それまではすんなり合っていた予定が全然合わなくなって、結局こうしてニースとエイトールの結婚式を迎えてしまった。
 会える喜びよりも羞恥心が膨らんで、鏡に写る自分がいつもとは違う姿ということもあって、今日は上手に翔陽と話が出来る気がしない。シースルーのドレスもアップした髪もお気に入りなのに。
  
「名前?」

 会場を見渡して知り合いがいないかを探す私を翔陽とペドロが見つけてそばに来てくれた。

「しょ、翔陽⋯⋯」

 ドレスコードに身を包んでいるのは私だけじゃない。翔陽だってそうだ。いつもとは違う服装。ピッとした背筋。かっこいいって思うのはごく自然なことだと思う。
 隣にいるペドロもスーツを着ているのに視線はどうしても翔陽ばかりに向いてしまう。

「雰囲気違うから一瞬違う人に見えた!」
「変かな」
「アッ違う! そうじゃなくて! 綺麗って意味で!」

 翔陽は慌てて言うけれど言葉にした後に意味を理解したのか、自分の言葉に照れているようだった。日本語でやりとりをしている私達にペドロが「ショーヨーなんて?」と尋ねる。

「服、綺麗だよって褒めてくれたの」
「へえ。服だけじゃなくてナマエも綺麗なのに」
「ペドロ!?」
「え。あ、ありがとう」

 意外にもペドロは私をすんなりと褒めた。そこはさすがラテン系と言うべきか、恥ずかしそうにする様子は微塵も感じられない。あまりにも自然な褒め方に私も動揺することなくその言葉を受け取れる。
 対照的に驚く様子を見せた翔陽は付け加えるように「俺もそう思ってるから!」と私に向かって食い気味に言う。これ以上翔陽に褒められたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだと私は慌てて話題を変えた。

「そ、それより後で一緒にニースとエイトールのところ行こう。写真撮りたい」

 皆が幸せな空間。日本の結婚式とはまた違うけれど、喜びとか幸せとか嬉しさとかそういうものかたくさん詰まっているのは変わらない。リオデジャネイロで出会えた大切な人の大切な日。
 LEDの照明が光る雨期が終わった穏やかな暖かいリオデジャネイロの夜。ヤシの木が涼しげな音を奏でるように揺れ、少し遠くでゲストと話すふたりを見てキュッと胸は詰まる。
 幸せが宿る空間で翔陽の横顔を見つめ、シャンパンを飲みながら優しい夜に身を預けた。

(21.04.27)


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