26


 パーティーは滞りなく行われた。そして終わりに近づく雰囲気に誰もが余韻に浸る中、翔陽が緊張の眼差しを携えて私の名前を呼ぶ。

「名前と話がしたいんだけど、いい?」
「うん。いいよ」

 イルミネーションの光が翔陽の瞳の中でも光っていて、私は純粋に綺麗だと、ただそれだけを思う。揺蕩う陽気な空気。翔陽が私に話したいことがあるという事実を失念していた。シャンパンが美味しかったせいだ、なんて言い訳をしながら近くにあるベンチに腰掛けぼんやりとしながら遠巻きに参加者達を見つめる。
 誰が知り合いで誰が初対面かなんて関係ない。まるで昔から知っているかのように私達はひとつになって2人の門出を祝った。

「ニースもエイトールもすっごい幸せそう」
「2人が家族になるの俺も嬉しい」
「うん。自分のことみたいに嬉しい」

 これから先、たくさんの幸福と喜びがこの2人に絶え間なく訪れますようにと願いながら私は遠くで微笑みあっているニースとエイトールを見つめた。そしてそれは私の隣に座る翔陽にも思う事だ。そっと視線を翔陽に向ける。
 あと1ヶ月後、翔陽が日本へ戻って自分のやりたいバレーがたくさん出来ますように。いつまでも翔陽がバレーと共に歩んでいけますように。こんな風に触れ合える距離にいなくても、翔陽の視線の先にいられなくても私はそう思う。翔陽の未来が明るく光って、燦々と煌めくものであってほしい。

「翔陽の話したことって私が前に好きだよって言ったことに対してだよね?」

 落ち着いた声でそう言えば翔陽はほんの一瞬だけ動揺を見せた。ちゃんと見つめていなかったら見逃してしまうであろうその様子は、図星であることを示している。
 やっぱりそうだよね。あれから色々考えてみたけれど、翔陽がこんな風に言葉を伝えようとする話なんてそれくらいしか思いつかない。返事はいらないとあの時言ったはずなのに、翔陽はずっと考えてくれてたのかな。それとも帰国を前に、有耶無耶にするのは嫌だったのかな。

「俺もちゃんと言わないとって思ってて」
「うん」

 少なくとも嫌われてはいない。恋愛としての好きかどうかは別として、人として好かれているとは思う。期待はできるだけしないように、だけど翔陽が伝えたいと思ったんだから何を言われても受け入れる気持ちの準備はしておかないと。
 温くしっとりとした2月の風は喧騒と共に私達の間を抜ける。あの時私、どんな言葉で翔陽に気持ちを伝えたんだっけ。あの頃よりも輪郭がしっかりと縁取られた感情は『好きみたい』って言葉では足りない。
 好きです。好きです。好きです。その未来を想うくらいに。優しく見つめ合いたいと願うくらいに。もう一度言葉にしてしまえば戻れなくなるくらいに。

「名前」

 名前を呼ばれてようやく鼓動が騒がしくなった。自分の名前が自分のものではないような感覚。後に続く言葉を知りたいような、知りたくないような。

「⋯⋯うん」
「俺さ」

 膝の上でつくった握りこぶしを強く握る。もう翔陽のほうは見られなかった。意外と自分も意気地がないんだなって思いながら翔陽の声に耳を傾ける。会場の端でこんなやりとりが行われているなんて誰も想像しないだろう。

「日本に戻って、名前が試合応援しに来てくれるのすげー嬉しいけど、もっといっぱい、バレーが関係なくても名前が俺のそばにいてくれたらいいなって思う」

 その言葉に勢いよく顔をあげて翔陽を見た。
 心のうちに宿る言葉をひとつひとつ丁寧に伝えようとしている翔陽も私のことをしっかりと見つめていた。熱のこもるような瞳の中に若干のこわばりがみえるのは緊張しているからだろうか。
 
「笑いかけてくれるの嬉しくて、自分の夢に向かって頑張ってる名前みてたら俺も頑張ろうって思えて、出かけた日に帰るときとかもう少しだけ一緒にいられたらいいのになって思ったり、そういうの、名前だから、で⋯⋯」

 翔陽は「あー、だから、つまり⋯⋯」と口籠るように決定打に繋がる言葉を紡ぐ。身体の真ん中から湧き上がってくるこの感情をなんと呼べばいいんだろう。くすぐったいような、心地良いような、それでいてひたむきに隠していたくなるような。
 イルミネーションもパーティーも今は少しだけ遠い世界の出来事のように感じながら、翔陽に触れたいと思う衝動を言葉に変えた。

「好きです」
「え」
「翔陽のこと、前よりもっとずっと、たくさん好き。大好き」

 先を越された事を理解した翔陽は「それ俺のセリフ!」と照れながらも慌てて言う。果てのないような愛おしさが広がって、はにかむしか出来なかった。

(21.04.29)


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