パソコンの画面に翔陽が映る。後ろに映る窓はカーテンが閉じられてあって、こちらとは真逆の時間なのがより顕著に理解できた。
「それがトライアウト受かったチームのジャージとユニフォーム?」
『そう!』
「黒かっこいいね! 似合ってる」
そう言うと翔陽は嬉しそうな顔をしてこちらに向かって笑顔を見せる。
翔陽が帰国して2ヶ月弱。宣言通り翔陽はバレーボールチームのトライアウトを受けて、そしてMSBYブラックジャッカルというチームの一員となった。
「それにしても大阪が本拠地なんてすごい偶然だね」
『俺は名前が関西の大学だったことに驚いてるけど』
「最初に言ったと思ったけど言ってなかったね」
『あっじゃあ来週の飛行機、関空? それとも成田? 関空なら迎えに行く!』
「関空だけど、いいの? バレーの練習あるんじゃない?」
『⋯⋯バレーの練習なかったら迎えに行く』
目を泳がせて言い直した翔陽に思わず笑ってしまう。もちろん迎えに来てくれるならそれはそれですごく嬉しいけど。
「じゃあ少しだけ期待してる」
リオにいられる日もあと少し。と同時に翔陽に会えるまでもあと少し。寂しさと喜びが同時に存在する日々だけどやっぱりこうやって話をすると早く会いたいなあと思ってしまう。
「あっ今日これからニースとエイトールと一緒にご飯行くんだ。準備あるからそろそろ切るね」
「2人によろしく言っておいて!」
「わかった。それじゃあまたね」
「うん。また」
翔陽の時間に合わせておやすみと言い、パソコンの電源をそのまま切る。そのタイミングでニースからの連絡がスマホに来て内容を確認する。
『ハイ、ナマエ! 今日エイトールが車の運転するから郊外のアウトレットまで行かない?』
「いいね、行きたい!」
『じゃあ20分後にはそっちに着くから準備しておいて』
「OK!!」
ゆっくりと私にもその日は近づいてくる。長かったような、でも短かったような1年間の留学は私の人生を大きく変えた。
誰かの幸せを願うこと、好きな人の側にいたいと思うこと、自分のペースで頑張っていくこと、この地で教えられたことはたくさんある。
窓の外に見えるリオデジャネイロの街は今日も夏日で、そして太陽は容赦なく地を照らしている。帰国日までは後少し。だからこそ残りの時間も後悔はないように大切に過ごそう。
日々は着実に、思い出を重ねるようにしてその日へと向かっていった。
# # #
長時間のフライトを終えて飛行機は着陸した。電波を使用する電子機器の仕様が許された瞬間、機内モードをオフにすると翔陽からの連絡が届いているのに気がつく。
『空港の到着ロビーにいる!』
迎えに来てくれたことに内心喜びながら、入国審査を終えて到着ロビーに続く道を歩く。あの先に翔陽がいる。
3ヶ月ぶりだし少し緊張するな。特段変わった事はないけど、少しくらいは可愛くなったって思われていたい。でもこの長時間フライトの後じゃそれは期待出来ないか。
「名前!」
他の到着客に続いてロビーに出て、あたりを見渡すよりも先に名前を呼ばれる。フロアは出迎えの人や到着したばかりの人で賑わっていたけれど、翔陽は真っ直ぐに私のところへと駆け寄ってくれた。
「フライト、おつかれさま」
「翔陽、迎えに来てくれてありがとう。会いたかったから嬉しい」
キラキラしてる。疲れた頭でぼんやりとそんなことを思う。そして会えた喜びが沸々と込み上がって、腑抜けた顔で笑いながらそう言う私の荷物を翔陽はスマートに持ってくれた。
肌の色少し落ち着いたなとか、でも筋肉がしっかりしてるのは変わらないなとか、気が付かれないように翔陽を見つめる。
「なんか⋯⋯名前、可愛くなった気がする」
「え?」
「あっいやいつも可愛いんだけど! なんか画面越しで見るよりキラキラしてるっていうか、見た瞬間ぐわぁってなって、ハッ⋯⋯俺、気持ち悪い⋯⋯?」
耐えきれなくて声を出して笑った。やっぱり好きだな。改めて思う。
「えっやっぱり気持ち悪かった!?」
「や、そうじゃなくて⋯⋯ふふ、ごめん、なんか笑っちゃうね」
6月の日本は少しずつ穏やかで陽気な空気で満たされている。少しずつ夏の鱗片が見えて、これから数日も経たないうちに蒸し暑い日々がやってくるだろう。
リオデジャネイロを彷彿させるような夏がくるのだ。
「あー翔陽のバレー見に行けるの楽しみだなぁ」
「デビュー戦まだなんで!」
「決まったら教えてね。インドアのバレーしてる翔陽みたい」
そしてこれからは日本で翔陽といろんな時間を重ねていく。今までそうしてきたように、ワクワクしたりドキドキしたり、そういう素敵な時間を。
「名前」
「うん?」
「俺も、会いたかった」
私の太陽が、優しく笑う。
触れたいと思う気持ちに正直になって、その手のひらに私のそれを重ねた。
(21.04.29 / 完)