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「翔陽くん、今日なんか予定あるん? そんな急いで帰る準備するん初めてやない?」

 練習が終わっても飢えたように求める瞳をする翔陽くんが嬉々としてロッカーに向かって、誰よりも早く着替えを始めたのを見てぎょっと目を見開いた。え、なにがあったん。思うと同時に聞けば、翔陽くんはいつものテンションそのままで答える。

「ハイ! 空港行きます! 今から急げば飛行機の時間間に合いそうなんで」
「空港?」
「彼女がブラジルから戻ってくるんです!」
「は、え、翔陽くん彼女おるん? いや、ブラジルからってなんなん? え、どういうこと? 理解追いつかんのやけど」
「えっと、ブラジルに留学してて、今日が帰国日で」

 待て待て。情報過多や。え、彼女おったん? そんな雰囲気全く出しとらんかったやん。てかブラジル留学てなに。翔陽くん意外にもブラジル行く子おるん。おるか。それはおるか。にしてもブラジル行って彼女つくって帰ってくるとか翔陽くんやるやん。

「は〜〜今年イチびっくりしたかもしれん。で、いつから付き合うてんの?」

 着替えるのも忘れて質問をぶつける。こんなん聞かずに家には帰られへん。幸いにも翔陽くんは困った様子を見せることもなく質問に答えてくれた。

「リオにいたときからなんで、ええっと⋯⋯4ヶ月くらいです!」
「まだ付き合いたてやんか。楽しいやつやん。ラブラブなやつやん」
「でも俺が帰国してから会えてないんで今日会えんのすっげー久しぶりだから結構緊張してます」

 ほんまか〜。え〜ほんまか〜。いや、ええねんけど。翔陽くんが幸せなら別に誰と付き合うてようが俺には関係ないんやけど。
 でもあのバレー一直線の翔陽くんが付き合うてる子てどんな子なんか気になるやん? て、こんな事臣くんに言うたら軽蔑の目で見られそうやけど。

「初々しいやね〜、やけどキスくらいはしとるやろ?」
「エッ! アッ⋯⋯えっと、まあ⋯⋯はい」

 むさ苦しい男の匂いが充満するロッカー室でするトークやないな。わかっとるけど今聞かんでいつ聞くねんと心におる好奇心が声をあげる。
 
「あかん、翔陽くんの彼女気になるわ。どんな子? かわええ? 芸能人で言うとだれ?」
「芸能人⋯⋯はわかんないですけど、でもすごく可愛いと思います! 頑張ってる姿とかキラキラしてて、なんていうか、こう⋯⋯太陽みたいな女の子です!」

 太陽。それを恥ずかしげもなく言えるところが翔陽くんらしいと言うかなんと言うか。
 なんや、むっちゃ青春しとるやん。制汗剤よりも清々しい翔陽くんの話に心が洗われそうやわ。会うたことはないのに、なんとなく翔陽くんに似合いそうな感じの子やなと思った。知らんけど。

「翔陽くんの惚気聞く日が来るとは思わんかったわ⋯⋯ハッ! やからこの前一緒に買い物行こうって誘ってきたん!? 今日の服そん時買ったやつやん!」
「侑さんのセンスなら間違いないと思ったんで」

 やからトータルコーディネートお願いされたんや。別に翔陽くんセンスないわけやないけど、服とか重要視しとる感じせぇへんから言われた時は驚いたことを思い出す。

「あっやば電車の時間! おつかれっした!」

 着替え終わった翔陽くんは時間を確認するとそう言って駆け足でロッカー室を後にした。喜びが溢れ出る背中を見送って、俺も疎かになっていた着替えを再開する。

「お、日向どーした? 珍しくね?」
「彼女と会うねんて」
「えっ日向彼女いんの!?」

 全くおんなじ反応を見せた木っくんに「わかるで」と心の中で返事をした。まあ俺は臣くんに彼女がおってもなかなかびっくりするけど。

「留学から帰国するから空港迎えに行くねんて」
「日向かっけーな!」

 木っくんもまたいつもの調子で答える。空港に迎えに行くイコールかっけーになるんかどうかは知らんけど、まあ確かに彼女の話しとるときの翔陽くん、バレーしとるときとはまた違う顔で喜んどったな。
 今頃電車乗って彼女に連絡しとるんかな。ま、俺には関係あらへんけど!

(21.05.02)


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