Feliz Natal


 真夏のクリスマスを迎えるのは何度目だろうか。デパートなどで見かけるママイノエルやパパイノエルは半袖の衣装を着ており、燦々と降り注ぐ日差しを浴びると今でもこの暑さの中でクリスマスを迎えることに不思議な感覚を覚える。
 ニースからクリスマスに皆で集まってパーティーをしようと誘われたのは先月の事。カトリックが主流のブラジルでは24日の午後から休業するお店が大半で、翔陽の所属するチーム――アーザス・サンパウロもまた例外ではなかった。翔陽の練習も午前中で終わり、それと同時に向かったクリスマスのリオデジャネイロ。街は、普段とは少しだけ装いを変えて静寂と騒然が入り混じっていた。

「ニースとエイトール元気そうで良かった! ペドロにも会えたし!」
「久しぶりの再会だっだもんね。ニースの作ったパネトーニ美味しかったからレシピ聞いて来年は挑戦してみようかな」
「まじで? 楽しみ!」
「パン作りあんまりしたことないから期待しないでね」
「名前が作ったやつならどんなんでもありがたく食わせてもらいます!」
「あはは。じゃあ頑張って期待に添えないと」

 ニースの家から私達を乗せたタクシーはコパカバーナ沿いの道路をひた走っている。いつかの夜みたいだなと思いながら、長く続く夜のビーチを見つめた。
 今日はクリスマスの夜だ。この国にいる多くの人はきっと大切な人たちとホームパーティーをしているのだろう。普段は遅くまで開いているお店もしまっていて、ビーチには人がほとんどいない。ニースやエイトールに会うだけじゃない。翔陽とこの街の景色を眺めるのも久しぶりだった。

「多分、そろそろホテル着くと思う」
「えっ。そろそろって、もしかしてコパカバーナ沿いのホテルなの?」

 この周辺に並ぶホテルは外資系の高級なホテルばかりだ。もちろんバックパッカー向けの安いホテルもあるけれど、治安の事もあるし翔陽がそういったホテルを予約したという事は考えられない。そうなると必然的に私達は高級ホテルへ向かっているということになるなと、恐る恐る自分の格好を見直した。よし、大丈夫だ。スマートカジュアルだから浮くということはないはず。
 案の定、数分後にタクシーが止まったのは誰しも一度は名前を聞いたことのある外資系のホテルだった。

「イブだし久しぶりの遠出だしって思ってここ予約したんだけどこういう雰囲気あんまり好きじゃなかった?」
「ううん。こういうところあんまり慣れてないけど、お洒落だしテンションあがるし非日常って感じで嬉しい」
「じゃあサプライズ成功!」

 エントランスから放たれる雰囲気に圧倒されながらも隣に並ぶ翔陽を見上げると、眩しい笑顔で翔陽は言った。
 大きなクリスマスツリーが飾られてあるロビーでチェックインを済ませ部屋へ向かう。上層階。角部屋。ドアを開けて足を踏み入れた瞬間、目に入ったのは壁一面の窓の向こうに広がるコパカバーナの海だった。

「わ、海沿いの部屋だ!」
「せっかくなら景色が綺麗なほうがいいかと思って」

 荷物を置いて窓辺へと歩む。
 先程乗っていたタクシーが走った大通り。夜の色を映したコパカバーナの海。聞こえるはずのない波の音が聞こえてくるかのようだった。

「たくさんコパカバーナの海を見てきたのに、こうやって夜のビーチを上から眺めるのは初めてだってことに今気がついた」

 翔陽が私の隣に並ぶ。あの海で出会って、あの海で恋をした人と今こうしてクリスマスを迎えようとしている。友達から好きな人になって、好きな人から恋人になって、そして恋人から家族になった。

「ニースのところに泊まらせてもらうのも楽しそうだったけど、この景色見ちゃうとホテルで良かったなって思ったよ。ホテル探しとか予約とかありがとね、翔陽」
「それ言うなら飛行機の予約してくれたのは名前だし、ありがとう」
「でもホテルの予算オーバーした分、翔陽、自分のお小遣いから出してくれたでしょ?」
「……それは、まあ、ハイ」

 クリスマスは日本では恋人とすごす日。だけどこちらでは家族とすごす日。そのどちらも堪能しているみたいでとても贅沢だ。贅沢で、この上なく甘い。

「それにここだったら人目も憚らずいちゃいちゃ出来るから嬉しい」
「い、ちゃ……!」

 翔陽の頬に含羞の色が広がる。

「ええ、翔陽私といちゃいちゃしたくないの?」
「したい、けど……!」
「けど?」

 聞きながら腕を広げ、その体へ向かって勢いよく抱きついた。優しい香り。私の好きな翔陽の香り。

「翔陽、Feliz Natal」

 間近で愛を囁くように伝える。頬に添えられた手のひらは温かい。真夏のクリスマス。冷房の効いたの室内で、どちらからともなく唇を寄せた。

(22.12.15)
※Feliz Natal……ポルトガル語でメリークリスマス


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