09


 全ての授業とホームルームが終わって、私は掃除の終わった教室で1人、日誌と向き合っていた。そう、最初に書けるところを書いたことで満足してしまっていたのだ。つまるところ、日誌の存在を忘れていたのである。
 と言えども、なんとなく1日の流れを記入すれば先生は受けとってくれるので問題はない。1人で問題はないのだ。だから。

「……部活行っていいんだよ?」

 日誌と向き合ってる私の横で、私を見ている孤爪くんに向かって言った。

「……それは、さすがに」
「いや、でも私は部活入ってないし。着替えとかあるだろうし、遅れたら怒られない?」
「日直で遅れるなら、クロは怒らない」
「クロ?」

 なにその名前。猫か? と思って聞き返すと孤爪くんは「幼なじみ」と答えた。幼なじみがいるんだ。いいなあ。

「え、じゃ、じゃあ、急いで書くね……!」
「名字さんのペースで構わないけど」

音駒のバレー部って強いらしいけれど、体育会系ではないのかな? 孤爪くんに体育会系って言葉は似合わないれど、強豪校って汗水かいて、みたいなイメージがあるから孤爪くんが部活前に私の横でゆっくりしているのが変な感じだ。

「バレー部は体育会系なの?」
「……なにそれ」
「あ、いや、強いから、やっぱりそういうものなのかなぁって」
「多分、体育会系ではないと思うけど」
「そうなんだ」

 孤爪くんはそのまま続けて「俺、そういうの嫌いだから」と言った。なんか、わかるかも。孤爪くん、そういうの嫌いそう。なのに、バレーするのか。なんでバレーなんだろう。幼なじみがいるから? 孤爪くんにどこまで踏み込んだ質問をしてもいいのか分からなかった私は生まれたきた疑問を口に出すことはなかった。

「孤爪くんが汗かいて、ボール上げてって、がむしゃらにって普段からは想像できないや」
「……がむしゃらではないかも」
「そうなの?」
「でも最近は、バレーの楽しいかもって思えてる」
「ふふ、最近なんだ。孤爪くん私の事面白いって言ったけど、孤爪くんも面白いよね」
「……そう?」
「バレーしてる孤爪くんがどんなのなのか興味あるな」

 日誌を埋めるために手を動かしていたけれど、さらりと私の口からなんとなくそんな言葉が漏れる。孤爪くんは少し黙って、考えるような仕草をした後、私のほうを見つめ、ほんの少しだけ首を傾げた。

「……見に来る?」
「えっ?」
「……名字さんが来たいならだけど」
「あ、えと、行く! 行くよ、勿論。行く行く!」

 なんですか、そのお誘いは。孤爪くん、そういうの友達呼ばなさそうなのに。私を誘ってくれた! 高揚する気分を隠しながら首を上下に振った。

「6月に入ったら、来週だけど、試合があるから」
「試合?」
「インターハイの」
「インターハイ……」
「知らない?」
「運動部の子がインハイって言ってるのだよね? でもごめん、あんまりよく分からないや」
「まあ、いいよ。とりあえず6月に試合があるから……見に来たかったら詳細教えるし」

 正直何がなんだか分からないけれど、私は二つ返事で答える。孤爪くんはセッターなんだよね。よし、ならばせめてセッターについての勉強はちゃんとしていこう。

「せっかく孤爪くん誘ってくれたんだもん、絶対に見に行く。しっかり応援するね!」
「誘ったわけでは……まあ、わかった」
「孤爪くんのバレーしてる姿見るの楽しみにしてるね!」
「……そんな楽しみにするものでもない」

 ふいっと孤爪くんは顔をそらした。あ、そうだよね。孤爪くん注目されるの好きじゃないもんね。そっと応援するほうがいいよね。私1人で舞い上がっちゃったけど、気分悪くしてないかな。そっと孤爪くんのほうをみる。
 
「こっちあんまり見ないで」
「ご、ごめん」
「いや……なんていうか、少し恥ずかしいから」

 きゅう。私の心臓がそんな音をあげた気がした。なんだか孤爪くんが可愛い。それに気が付いた途端、教室に二人きりでいることが落ち着かなくなってしまう。ひええ、なんで意識しちゃってるの、私。開け放たれた窓からはグラウンドにいる運動部の声が聞こえてるのに、違う世界の声みたいだ。

「あっあの、日誌書き終わったから、あと先生に渡すだけだから、孤爪くん部活行って大丈夫です、よ」

 それでもなんとか世界を取り戻して私は孤爪くんに言った。出来る限り平然と。孤爪くんはうん、と答えて教室から出ていこうとする。その動作を目で追う。扉の前で止まった孤爪くんは少しの溜めの後、私のほうを向いて「また明日」と言葉を紡いだ。

「あ、ま、また明日!」

 1人残された教室で思う。私にとって、孤爪くんとは、どんな存在なんだろうな、と

(15.10.15)