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 そそくさと会場を後にした。つまるところ、私が孤爪くんとどんな顔で会えば良いのかわからなかったのだ。1試合だけ見て帰るのは、さすがに薄情だろうか。本来ならば最後まで見るべきなんだろうけれど、今の私にはそれが出来る予感がしなかった。

「困ったな……」

 携帯を片手に孤爪くんになんと連絡をすれば良いか迷う。バレー部のジャージを着てる選手らしき人とすれ違う度、なんだか私の日常とは違う世界だなぁと感じる。

『試合、お疲れさま〜! と格好いいし凄いしで感動したよ! 次も頑張ってね!』

 それでも頭を捻って文字を打つけど、無難な内容にしかならなかった。いや、いい。これでいいのだ。
 すれ違う彼らは、これから孤爪くんたちと戦う可能性があるのだろうか。皆背が高いし身体も大きいしとにかく強そうだ。バレーのことはこれっぽちも分からないけれど、孤爪くんが凄いのだけはわかった。凄いというか、孤爪くんは私の知ってる孤爪くんではなかった。というか。
 そこまで考えて、ふと思う。これは、恋の衝動ではなく、所謂、ギャップ萌えと言うものなのではないだろうか。動物に優しい不良。料理が苦手な優等生。トラウマを抱えた人気者。そして、バレーをする孤爪くん。

「……アホらし……帰ろ……」

 一人で考えているのが滑稽だと気づいて、私は地下鉄に向かう。当たり前だけど、孤爪くんからの返事はまだない。地下鉄に揺られながら窓に映る自分を見る。……もっと可愛くなれればいいのに。眉を寄せてると、窓の自分も同じように寄せて、なんだか自分に諌められているようだった。
 そのタイミングで鞄に入れていた携帯が震える。振動が鞄から伝わって、携帯を取り出した。孤爪くんかな? と一瞬期待したけれど、連絡相手はゴンちゃんからだった。

『今日、孤爪くんの試合応援に行くんだったよね?どうだったー??』

 ニヤニヤとした絵文字が付け加えられていて、ゴンちゃんの性格が伺える。……この子、楽しんでいる。

『ギャップ萌えでした』

 ゴンちゃんの返事は早かった。

『ギャップ萌えって』
『とりあえず、教室にいる孤爪くんとは違った』
『なにそれ』
『でもまあ、普通にかっこよかったよ』
『おっと! 恋の予感!』
『ゴンちゃん〜またそーやって!』
『いーじゃーん。名前ちゃんと孤爪くんて結構息合うと思うし』
『またそーやって適当なことを』
『ばれた?』
『無責任!』
『でも真面目にさ、孤爪くんて女の子をそういうのに誘うタイプには見えないし、名前ちゃんのこと結構気に入ってると思うんだけどな〜。名前ちゃんだって満更ではないでしょ??』

 それまでスムーズに返事をしていた私の手が止まる。誘われて嬉しかったのは事実だ。孤爪くんを恋の相手として考えたことはなかったけれど、たとえそうなったとしても悪い気がしないのもまた事実である。そしてあの時、身体に電流が走るような衝動を覚えたのも偽りではない。
 だけど、孤爪くんはどうなんだろう。どんなつもりで私を誘ったんだろう。ゴンちゃんの言うように、私のことを少しでも気に入ってくれていたから誘ったのだろうか。それともただ単純に、あの時私が「試合に興味がある」と口に出した言葉から誘っただけなのだろうか。

『どうかなぁ。孤爪くんの気まぐれかも』

 色々と悩んだあげく打った文章だったが、ゴンちゃんの返事は早かった。

『でもきっと孤爪くん、私のことは誘わないよ。名前ちゃんだから誘ったんだと思う』

 孤爪くんが私を誘ってくれた放課後の日を思い返す。あの日、孤爪くんの柔らかい瞳の奥にある、硬い芯が見えたような気がした。孤爪くんは目立つことを嫌い、自発的に何かをするタイプではないけれど、今日の孤爪くんはそれとは正反対のようだった。あの揺るがない瞳で見つめられたのならば、私はきっと足元が崩れ落ちるような感覚で魂を持っていかれるのだと思う。

『だったら、嬉しいかも』

 相変わらずたっぷりと悩んで返事をした。にっこり笑った絵文字だけで返ってきたゴンちゃんの返事もまた、相変わらず早かった。
 窓に映る自分をもう一度見る。孤爪くんの瞳に映る自分が、少しでも可愛ければいいのに。と思いながら。

(15.10.24)