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 試合後、自身の携帯に名前からの連絡の通知があるのを見た研磨は人目――主に部員ではあるが――を憚らず内容を確認した。

『試合、お疲れさま〜! 格好いいし凄いしで感動したよ! 次も頑張ってね!』

 特に何かあるわけでもなく、当たり障りのない、しかしそのビックリマークの多さや、文章の雰囲気からある意味、彼女らしい内容だなと研磨は思った。

「誰からだー?」
「……別に」

 体を寄せて中身を見ようとした黒尾から庇うようにして携帯を隠す。それをみた黒尾がニヤニヤとした笑いを浮かべながら「女子からだろ」と断言した。研磨の眉が中央に寄る。見られて困るわけではなかったが、そんな風に言われるのが嫌だったのだ。しかし、その反応を見た黒尾はその笑みを崩すことなく言う。

「口元が緩んでる」

 その指摘に研磨はぎょっとして、怪訝そうに眉を寄せた。一体自分がどんな顔をしているというんだ。黒尾の言葉は少なからず研磨に動揺を誘った。そんな研磨の様子を、幼馴染みの黒尾は簡単に見破る。

「もしかして、例の女の子か?」
「例のって……」
「当たりか」

 いつまでもゲスな笑みを崩さない黒尾に、研磨は返信を諦め携帯を鞄に閉まった。それをみた黒尾が今度はつまらなさそうに口を尖らせる。それまで恋の「こ」の字も見せなかった幼馴染が、女の子といい展開を迎えているなんて黒尾にとっては大変興味深いことだったが、当事者である研磨にとっては迷惑極まりないことだった。

「……当たりだけど、クロには関係ない」
「まじかよ」

 そんな風にはね除けることも、認めることも、黒尾にとっては予想外だった。少なくとも、着替えをしていた動きが止まってしまうくらいには。研磨はと言えば、この会話が他の部員の耳に届いていないかということを心底心配していた。こういった話題でからかわれるのが一番嫌いだから。
 別に彼女に恋をしているわけではない。ただクラスの中でもよく話すだけで、それがたまたま女の子だっただけで、深い意味などない。多分。恐らく。きっと。それに、彼女が自分に好意があるわけではないのに、こんな風に話をするのはなんだか気が引ける。

「名字さんは、別に、ただのクラスメイトだから」

 なるほど、その子は研磨と同じクラスの名字さんね。黒尾が情報をインプットする。見かけによらず、ゲスい男である。
 研磨は応援に来てくれた名前のことを思い出すけれど、それでも研磨は気付かなかった。あの時、目があった瞬間に小さく微笑んだことも、軽く手を振ったことも、ほとんど無意識であったことに。


△  ▼  △


 部屋に帰った研磨が真っ先にしたのは、ユニフォームを洗濯機に入れることでもなく、お風呂に入ることでもなく、名前に返事をすることだった。

『来てくれて、ありがとう』

 悩んだ末、出来上がった文章はとても短い文だった。それでも研磨は満足げに送信ボタンを押して、ようやく風呂場へ向かうことが出来た。
 同時刻、名前の携帯が震える。半日かかって返ってきた返事の割には、短くて素っ気なくて、だけどそれがすごく研磨らしいと名前は感じていた。

(15.10.24)