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 余裕を持って登校し、机に着くと孤爪くんから開口一番に名前を呼ばれた。ドキッとする心臓を抑えて、平然を装って返事をする。
 孤爪くんの瞳は心の中まで入ってきそうだ。嫌なわけでないけれど、緊張する。というか、ザワザワと心がなる。上手に話すことが出来なくなるような、そんな感じ。孤爪くんはそんな私の心中を知らずに、言葉を続ける。

「昨日、ありがとう」
「え、なにが?」
「ノート。クロから預かった」
「あ! いえいえ、気にしないで」

 あ、あの人がクロって人か。昨日の出来事を思い出して納得する。なんにせよ、ノートが無事に孤爪くんの手に渡って良かった。

「……クロ変なこと言ってなかった?」
「変なこと?」
「おれのこと聞いてきたりとか」
「え、いや、とくには」
「そう……なら、いい」

 ほっとした様子の孤爪くんに私は少し疑問を覚えたけれど問うことはなかった。
 
「バレー部の練習、ちらっと見れたらなぁと思ったけど、やめちゃった。みんな凄味があったし、迷惑かなぁって思って。あ、でもクロさん? クロ先輩? の後ろでバシバシボール叩く音は聞こえたよ! 一人、すごーく背の高い人いない?」
「それ多分一年生」
「え、一年生!」
「入ったばっかりだから、大変」

 そう言う孤爪くんは、本当に大変そうな顔をしていた。元々取り繕うようなタイプはないし、本当に大変なんだろうな。心中察する。だけど、なんというか、試合の時の孤爪くんを思い出すと「大変」というのが嘘のようにも思える。それくらい、簡単そうにボールをあげてたから。

「頑張ってね」
「……うん。ありがとう」

 孤爪くんの髪がその頬にかかるのを見つめていると、ふと、ゴンちゃんの言葉を思い出す。

――でもきっと孤爪くん、私のことは誘わないよ。名前ちゃんだから誘ったんだと思う。

 本当、なのかな。自惚れとか、女子特有の甘い切り口とか、そうゆうの抜かして本当にそうなのかな。孤爪くんは私だから誘ってくれたのかな。言葉に出して直接孤爪くんに聞いてみたいけれど、答えを知るのが怖い私はきっとそれを紡ぎ出すことはないだろう。
 それでもなけなしの勇気を体から集めて、孤爪くんの名前を呼ぼうとしたとき、チャイムがなる。……タイミング! ちょっと! 行き場のない憤りを心の中で叫んで、深いため息をつく。そう言えば今日は担任が人間ドックって言ってたな。代わりの先生が入ってきて挨拶をする。古文の森子先生だ。

「みんなおはよー。今日席替えするって聞いたから、クラス委員、よろしくね」

 ……え? ぶっこまれた先生の言葉に唖然とする。いや、そりゃあ始業式から結構経ってるし、席替えの時期と言えばそうなんだけど、急すぎない?
 ほとんど無意識に孤爪くんを見る。席替えしたら、離れちゃうじゃん。私と孤爪くんの接点なんて、これくらいしかないのに。孤爪くんは私と違って平然としてた。……そうだよね、席替え寂しいなんて思ってるの私だけだよね。
 しゅんと項垂れるけれども、クラスの委員はきびきびと席替えの準備を進める。くじ引きか。私、くじ運ないからまた孤爪くんの隣なんて無理だろうな。この前アイス食べたら当たっちゃったし……。なんであのとき運を使ったんだろう。しばらく良いことなくても神様を恨まないからせめて、これは、このくじは、いいものを……!
 右手に全ての気を集めて回ってきたくじをひく。中の数字を見る前に孤爪くんに番号を確認する。

「こ、孤爪くん、何番?」
「あー……15」

 ということは、この紙を開いて22か36番なら大丈夫だ。黒板に書かれたランダムに振り当てられている数字を確認する今こそ私の運を信じるのだ。ドキドキと血流が巡るのを感じながら開く。4。……知ってた。どうせ近くにはなれないってわかってたけど、いざ現実を突きつけられると辛い。ああ、離れるんだ。この席はもう終わりなんだ。

「……名字さん、は?」
「あ、えと、4です」
「え、一番後ろ」

 ちょっとだけ羨ましそうな目で見られる。確かに一番後ろは嬉しいけどさ。でも私にとっての当たりの席はそこじゃなくって。……いいや、もう止めよう。いくら考えたって決まったものは決まったのだ。私と孤爪くんは、そういう運命だったのだ。
 どうにか自分を納得させようとする。握りしめた4の番号が書かれた紙にはいくつもの皺がよっていた。

(15.10.29)