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 孤爪くんと席が離れて2週間が経った。予想していたように、あれから私と孤爪くんが話すことはなくなった。わかっていた。私と孤爪くんは所詮、隣の席同士の関係。それが解消されれば、ただのクラスメイトで、ただのクラスメイトは必要な時以外会話なんかしないんだって。わかっていたはずなのに、いざそうなると、誤魔化しようのない寂しさを覚える。

「名前ちゃん、大丈夫?」
「え?」

 そんな状態が続いていたある日のお昼休み、教室でお弁当を広げているとゴンちゃんが眉を下げながら問いかけてきた。甘い卵焼きを口に運びながら「何が?」と答える。

「席替えしてから、あんまり元気ないんじゃない?」
「あー……いや、そんなことは」
「あるでしょ」
「……あるのかな」

 ずばり。どこぞの名探偵よろしく、ゴンちゃんは言い切った。この子に小賢しいトリックは通用しないとみた。
 私は孤爪くんの席の方に視線を向けて、彼が居ないかどうかを確認する。食堂に行ったのだろうか、そこには孤爪くんの姿は見えなかった。

「……なんていうか、今まで話してた分、ね」
「やっぱり好きなんだよね?」
「……好きっていうか……なんだろ、なんなんだろう。好き、なのかな」

 自覚はまだなしか。ゴンちゃんがはっきりと告げる。

「どこが好きなの? あ、いや。どこが気になってるの?」

 ゴンちゃんの問いに、私は少し声のトーンを下げて答える。孤爪くんを思う。その一瞬にして、何故か私の食欲が魔法のように消え失せた。箸を一旦置く。

「1年のときは、普通のクラスメイトだった。話す用事があれば話してたし、今みたいに自分から話すとかはなかったな。でも孤爪くんの、なんていうか、穏やかと言うか落ち着いてる空気は結構好きで話しやすいなぁとは思ってたんだよ。あっちがどう思ってるかはわからないけどね」
「うんうん」
「2年になって、知らない人がたくさんいるなかで、やっぱり同じクラスだったっていうのは、今思うと心強かったんだと思う。こうやってゴンちゃんと仲良くはなったけど最初は不安だったもん」
「や、私も名前ちゃんと友達になれたのちょー嬉しいからね」
「やだ、そんな照れる」
「いいから、続けて」
「あ、はい。でね、隣の席で話すようになって、いつの間にか、なんだろう、話しやすい? よく分からないけど、いいなぁ、みたいな。仲良くなれてよかったなぁ、みたいな。そんな感じに思えてきてね、そんな時に試合見に来てみる? って言われて、観に行って、最初は友達半分、期待半分だったんだけど、ギャップ? ああ、学校での孤爪くんしか私は知らなかったんだなぁ、と思って、それで」
「うん」

 胸が詰まる。そう、私は孤爪くんを好きなのだ。そうやって少しずつ、だけど確実に恋に落ちていたのだ。女子高生なんて単純だ。気になる人に優しくされたら、少し特別に接されたら、それだけでもう、ほら。こんなに。好きになってしまうんだから。夏目漱石だって、ビックリだろう。

「気づいたらもう、孤爪くんと話すの当たり前になってた。席替えして、離れて、接点がなくなっちゃって、私孤爪くんのこと……好きなのかなぁって疑問に思った。だから、本当は今、辛い。せめて話す機会が欲しい。欲を言うなら孤爪くんもおんなじように思ってくれてると嬉しい。……あーもっと可愛くなりたいなあ」

 自分で吐き出した言葉なのに、口にしたらストンと真っ直ぐ心の中に落ちてきて、納得する。私だけじゃなくて、孤爪くんも思ってくれていたら。好きじゃなくても、私と離れたことを少しでも寂しいと感じてくれていたら。浅はかな願望の正体を知る。
 いつの日か、ゴンちゃんが言った言葉のように、孤爪くんにとって私がただのクラスメイトではなくて、少しだけ特別なクラスメイトであればいいと思う。私が孤爪くんをそう思うように。

「私は孤爪くんの本当の気持ちは分からないけれど、気まぐれで名前ちゃんを誘ったんじゃないと思うな。前にも言ったけど、名前ちゃんだから誘ったんだよ。少なくとも名前ちゃんには気を許してると思うよ。私と話すときと名前ちゃんと話すときの孤爪くん、違うなぁって感じるもん。それが孤爪くんにとっての恋なのかは分からないし、無責任に大丈夫なんて言えないけど、自信は持っていいんじゃないかな。名前ちゃんは可愛いよ。だからほら、笑ってたらもーっと可愛くなるよ? ね。自信持ってよ」 

 ゴンちゃんが笑う。可愛い。ああ、私、この子とはずっとずっと友達でいたいなと思う。まあ、その日の放課後に、ゴンちゃんの連絡先を知りたいという男が話しかけてくるとは夢にも思わなかったけど。

(15.10.31)