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 研磨の見つめる先に、名前の姿があった。体育館に繋がる渡り廊下から見える人気のない体育館裏にいるのは、確かに彼女の後ろ姿だ。いったい何を。研磨が少し前屈みになり、目を凝らす。
 名字の前に男子生徒がいる。誰だ。研磨は男子生徒の顔を覗こうとするけれど、木々が邪魔で見えない。もどかしさを感じるも、近付こうとして気付かれてしまうのも困る。じっと目を凝らしたままの研磨の背後から黒尾が歩み寄る。

「研磨ー、部活行くぞ」
「うん、わかってる。……もう少し」
「おいおい、いったい何があるって言うんだよ」
「いいから。クロは見なくていいから。先に行ってて」

 そう言われると見たくるのが人間の性と言うものである。研磨の言葉に黒尾も身を乗り出して、その視線を追った。

「あ」

 思わず声が出たのはその光景が、所謂「告白現場」だとしても思ったからだ。声こそ聞こえないものの、男女がこんな人気のない場所にいるなんてそれこそ告白しかない。頭の中できっぱりと断言した黒尾に、疑問が沸く。いや、だとしても何で研磨はこんな現場を一心に見てるんだ。黒尾は研磨に気付かれないように一瞥する。
 なにもこんなに真剣に見つめるものでもない……その時、黒尾の頭に閃きが走った。なるほど、そうか。あの女子生徒は研磨の慕う……なんだっけ。名前……ええっと、確か……名前ちゃん。

「名前ちゃんだな」
「……は、いや、なんで名前知ってるの」
「この前ノート預かった時に聞いた」

 研磨がぎょっとして黒尾を見る。自分の知らない間に何をしているんだ。声は上げなかったものの、抗議の位を瞳に込めて黒尾に視線を飛ばした。

「そんな顔すんなよ。気になるんだろ?」
「別に……ただ、名字さんてなんか、無防備だから」
「無防備?」
「人を疑わない、から」

 いったい彼女はどんな悪者から告白されていると言うのだ。研磨の心配の矛先に黒尾は心配になる。そうじゃないだろ、研磨が感じてるのは心配じゃなくて、不安だろ、と言ってしまいたい。

「あの子のこと好きなんじゃねーの?」
「好き、とかでは……。それに話もしてないし」
「話してない?」
「席替えしたから」
「話しかけるくらいしろよ」
「用もないのに話しかけて困らせたくない」
「困らんだろ」
「わかんないでしょ。……でもまあ、もう少し話せれば、とは思う」

 つくづく恋愛下手だな、と黒尾は思う。

「好きなら好きでちゃんとしないと取られるぞ、あの男に」
「それは……」

 口ごもる研磨の眉間に皺が寄る。あの子だって研磨のことを好きだったらどうするんだ。煮えきらない幼馴染の言葉に黒尾はため息をつくしかなかった。

「あ……」

 研磨が細い声を上げる。黒尾は視線を名前のほうに向けた。どうやら告白が終わったようだ。名前は踵を返して校舎へ戻っていくようだった。男は誰だ、と思って黒尾もその顔を見ようとするけれど、うつ向いていて結局、誰なのかはわからないままだった。その反応は降られたのか? 邪推する。

「ふられてるといいな」
「……別に」

 ニヤニヤと笑う黒尾の視線を掻い潜り、研磨は体育館へと向かう。研磨が抱くその感情の名前に、彼は手を伸ばそうとている最中だ。

(15.10.31)