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昨日、他クラスの男の子から預かった連絡先を見つめる。私にではない。ゴンちゃんに渡してくれと頼まれたのだ。いやほんとこれ自分で渡してくれよ。何度か断ったのに無理やり渡されたそれに、ため息を吐かざるを得なかった。
「名前ちゃん?」
売店からの帰りに廊下を歩いていると前方にいる男の人に声をかけられた。この人どこかで……。頭を捻る。ああ、そうだ。確かバレー部の人だ。孤爪くんが「クロ」って呼んでる人。それにしてもこの人、よく私の名前を覚えていたな。感心しつつも頭を下げる。
「名前ちゃんも昼、売店?」
「は、はぁ。今日は親が寝坊したみたいでお弁当なくて」
「あ、ちょっと待って。昼一緒に食わない?」
「……は? い、いえ、あの、いや」
世間話で終わると思っていたのに、なぜ私を誘う。返事をする前に理解が追い付かなくて混乱する。この人、絶対に変わってる。しかもどこか楽しそうだ。
「いやいや、とって食おうとかじゃないから。研磨の事で少し話せたらって」
「こ、孤爪くんですか?」
「お、食い付いた」
「い、いえこれは。でも、そうですね。一緒にお昼を食べられるのであれば、是非」
私もチョロい女だなとつくづく思う。クロ……先輩? が売店でお昼を買うのを待ち、食堂に向かう。とりあえず空いている席につくと早速、クロ先輩が口を開いた。
「研磨から聞いてるかもしんないけど、俺は3年でバレー部主将の黒尾ね。黒尾鉄朗」
「黒尾先輩……」
へえそういう名前だったんだ。だからクロか。確認のために黒尾先輩の名前を声に出すとにこりと微笑まれた。……掴めない人だなぁ。
「そう言えば、名前ちゃん、昨日告白されてなかった? やるねー。青春だ」
「え? 誰かと間違えてません? 告白なんてされてませんよ」
黒尾先輩の言葉に眉を寄せる。悲しいことに入学されてから1度もないからね! だから黒尾先輩の間違いだと言い切れるんだからね!
「いやでも昨日体育館裏の」
「……あ、あれですか。あれは私なんですけど告白じゃなくて、私の友達に連絡先を渡してくれって」
「あんなとこで?」
「本当は色々聞きたかったみたいで。私と話してるとこその子に見られるの困るからって」
ふーん。黒尾先輩は答えた。なんだか少し孤爪くんに似ている気もする。一息置いた黒尾先輩は、私の方を改めて見て、口角を上げた。さて、本題だ。そう言いたげに。
「研磨とは、仲良いの?」
「ど、どうなんですかね。仲良いと思ってたんですけど、席替えしちゃってからは話すこともなくて」
「昨日の研磨も隣にいて見てたんだけど」
「え!」
「研磨は誤解したままだと思うけど、いいの?」
良くはない。まったく良くない。黒尾先輩は私の話を聞いて孤爪くんに本当の事を話してくれるだろうか。少しの希望を持って黒尾先輩を見たけれど、読み取れない表情に期待することをやめた。
「良くないです、けど、さっきも言ったんですけど、孤爪くんと話す機会なくて」
「ちなみに、研磨はアップルパイが好きだ」
「は?」
「それと、木曜日の部活がなくなった」
「はい? いや、はあ。知りませんでしたありがとうございます……?」
「いや、じゃなくて。研磨をデートに誘ってみたらってこと」
「は!?」
「駅前に出来た新しいカフェ、アップルパイが美味しいんだろ?」
「らしいですね……。それに誘え、と?」
「研磨と話したくないの?」
「したい……です」
「だったら誘ってみたら良いだろ。研磨もきっと喜ぶぞー」
「え。喜ぶ、え?」
これは拷問か? 黒尾先輩の意図がまったく分からない。なんて返事をすれば良いのか黒尾先輩が口を開く度に私は迷っているというのに、黒尾先輩は楽しそうに笑っているだけだった。というか、そんな気軽に誘えるんだったら最初からこんなに悩んでないです。
「じゃ、頑張ってね、名前ちゃん」
そう言うと黒尾先輩は立ち上がり私にひらひらと手をふった。呆然としながらもほとんど無意識に手を振り返す。……いったい何だったんだろう、今の時間は。まるで嵐の中に居たみたいだ。
嵐の出来事を振り返るとつまり、黒尾先輩は私に孤爪くんをデートに誘えと言っていて、それは孤爪くんも喜ぶらしくて、孤爪くんはアップルパイが好きで、木曜日は部活が休みと言うことだ。黒尾先輩の言葉を鵜呑みにしていいのだろうか。疑問は降って沸くけれど、背中を押してもらったかのように、どこか期待する自分もいる。
「デートの誘い、かぁ……」
どうだろう。孤爪くんとデート。言葉にすると気負う。アップルパイを食べに行こう。そう誘えば良いだろうか。ただ、ちょっと、気軽に。そう、友達として。あくまで、友達としてだ。アップルパイを食べに行こう、と。頭の中でお誘いの予行練習はすでに始まっていた。
(15.11.03)