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「……名字さん、大丈夫?」

 そして木曜日の放課後。約束が実現される日。職員室に提出物を出してきた私を玄関で待ってくれた孤爪くん。なにこれ。青春? これが青春なの? 私こんなに幸せでいいの? 舞い上がる気持ちを抑え込んで、急いでローファーに履き替える。

「大丈夫。ごめんね、待たせちゃった」
「平気。ゲーム、してたから」

 そう言われて孤爪くんの手元を見るとゲーム機が握られていた。また新しいゲームなのかな。尋ねるより先にゲーム機を鞄にしまったのをみて、私も言葉を体にしまいこんだ。

「じゃあ、行こ」
「う、うん」

 隣に孤爪くんが並ぶ。いつぶりだろう。孤爪くんに気付けれないように彼を見た。身長、どれくらいなんだろ。160後半か170前半くらいかな。前にも並んだときに思ったけれど、私からすれば見上げられるちょうどいい距離。黒尾先輩は大きかったもんなぁ。バレーとかバスケとかそういうスポーツが合う感じ。孤爪くんは、どうだろ。言われなかったらバレー部だって分からないかも。

「……なに?」
「えっ」
「いや、ずっと見てるから……」
「ばれてた!」

 なんでもないよ! と慌てて誤魔化す。ただでさえ隣に並んでることで精一杯だって言うのに、孤爪くんが下にある私を瞳に映すから、なんかもう、苦しい。というかやっぱり孤爪くんの瞳は見透かしてきそうでちょっと怖いな。

「まあ……いいけど、名字さんて人を見つめるの好きだよね」
「え?」
「日直のときとか、あと、たまに目が合うし」
「あ、あれは……!」

 あれは、違うんだよ。日直のは、孤爪くんがいつもと違ったから。少し前を思い出す。でも、と思う。でもあれは、孤爪くんだから見てたのだ。孤爪くんだから、こんな風に見ちゃうのだ。それはまだ、口には出せないけれど認めざるを得ない事実だ。ゴンちゃんの言葉じゃないれど、私だって、そう。孤爪くんに誘われたから試合を観に行った。孤爪くんに興味があるから見つめてた。そんな単純なこと。

「別に、見られるの嫌じゃない」
「そ、なの? でも目立つの嫌って前に言ってなかった?」
「それは、そうなんだけど」
「嫌じゃなくなったの?」

 金髪の髪が故に目立つの馴れてきたのかな。斜め上の事を考える。

「そうじゃなくて。別に、名字さんに見られるの……嫌じゃないし。……つまり、気にしないでってこと」

 決まりが悪そうに孤爪くんは言ったそれは、どういう意味? いっそ聞いてしまおうかと思ったけど聞けなかった。孤爪くんが私を仲の良い友達としか考えてなくて、それが理由だったらちょっと、舞い上がった自分に恥ずかしくなってしまう。それに、期待は持っていたい。
 言葉少なに歩く。歩調が合うのに気付くと、合わせてくれているんだと嬉しくなる。馬が合うというやつなのかな。緊張はするけど、話しやすいなって思う。孤爪くんの特別になりたいと思うのは、図々しいのかな。

「孤爪くん」
「なに? お店すぐそこだけど、なにかあった?」
「わ、私、今日一緒に来れて本当に嬉しいよ!」

 あ、今言うのかって自分でも思った。まだお店にも入ってないし。でも今なら言える気がした。今じゃないと言えない気がした。

「……うん。おれも、誘ってくれてありがとう」

 孤爪くんが少し驚いて、でもどこか歯痒そうな表情で言った。高揚する心を抑えるようにお店に急ぐ。店内に入って席に案内されるとアップルパイを2つ頼んだ。そこでふと気がついた。向かい合うのって、初めてじゃない? 逸らせない状態に緊張が走る。見られている感じがひしひしとする。これは、心臓に宜しくない。

「な、なんか緊張する」
「アップルパイに緊張……」
「違うよ」
 
 孤爪くんにだよ! 心のなかで叫んでやった。そのタイミングでテーブルにアップルパイが運ばれてくる。艶々パイ生地に包まれたフィリングされたリンゴが美味しそう。心なしか孤爪くんの瞳も輝いている気がする。これは美味しいという噂は本当かもしれない。

「いただきまーす」

 口に運ぶ。美味しい。絶妙なバランスがたまらない。孤爪くんはどうかな。もう一度彼の方を見た。子供がおもちゃを与えられた時のように幸せそうな顔をしている。いや、実際は普段の顔に近いのだけれど、なんというか、幸せそうな雰囲気が出ているのだ。私も幸せだなぁ。孤爪くんと二人で、孤爪くんの好きなものを食べられて。

「……そういえば」

 おもむろに孤爪くんが口を開く。私はフォークをおいて「なに?」と返した。

「なんでおれがアップルパイ好きって、知ったの」

 ああ、これ、どこからどこまで話せばいいんだろ。

(15.11.06)