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「なんでおれがアップルパイ好きって、知ったの」

 孤爪くんがじっと私を見る。

「く、黒尾先輩が教えてれて」
「クロ?」

 孤爪くんが訝しげに眉を潜めた。「いつの間に仲良くなったの……」とため息混じりに問われる。仲良くはなってないけどな。背中押されたって感じだしな。だけど正直には言えずに、とりあえず、仲良くなったわけではないとだけ伝えた。孤爪くんが視線を斜め下に向ける。

「……名字さんは人と話すの上手、だよね」
「ん、そう?」
「おれはあんまり話すの上手じゃないから、助かる」

 なんだか孤爪くん、饒舌だな。もしかして打ち解けた孤爪くんってこんな風なのかな。だったら嬉しいけど。斜め下に向いていた孤爪くんの視線が再び私のほうに向く。

「この前、体育館裏に居たのを見た」
「私が?」

 孤爪くんはなにも言わず、首を縦に振った。そして言い出しにくいのか、少し迷う素振りを見せて、小さな声で言ってきた。

「名字さんは人に好かれる人、なのかなと思う」
「好かれる?」

 孤爪くんの言っている意味が分からなかったけれど、考える。そして閃く。黒尾先輩が言ってたやつ。誤解はやっぱり解いてくれなかったらしい。ひ、ひどい。私は慌てて違うよ、と否定しようと思ったけど、それより前に孤爪くんが再び口を開いた。

「……だからなんでおれのこと、こんな風に気にかけてけれるのかなと、思う」

 ゆっくりと、吐き出された孤爪くんの台詞に私は少し動揺した。孤爪くんには誤解されたくない。

「え。あ、まって、違う。違うよ? 黒尾先輩にも言われたんだけど、私、告白なんてされてないからね? ゴンちゃんに言伝を預かっただけなの。それだけ。それに私、孤爪くんが思ってるような凄い子じゃないよ。告白とかされたことないし、仲良くなるのは人見知りとかしないからだし、誉められるようなことは、全然ない、よ。……でも、嬉しい。孤爪くんがそういう風に思ってくれたのなら嬉しい。私は孤爪くんと話すの好きだから、楽しいと思うから、だから誘ったんだよ」

 息を吸う。言えそう。いや、言える。言え。その瞳を見て言うんだ、私。

「こ、孤爪くんだから、誘ったんだよ」

 その一言を言った瞬間、身体の真ん中の部分に熱が集まるのを感じた。周りの音が止まったみたいに、私の集中が目の前にいる孤爪くんに向かう。告白したい訳じゃない。ただ、気付いてほしい。わかってほしい。私にとって、孤爪くんはただのクラスメイトというわけではないことを。

「おれ、だから……」

 孤爪くんが私の言葉を咀嚼するように確かめる。

「……ありがとう。名字さんのそういう、人を選ばないで仲良く出来るとこ、尊敬する」
「え、あ、ありがとう?」
「いつも凄く元気だし、おれとは真逆」

 相変わらずゆっくりと話す孤爪くんの柔らかい声が、そのままゆっくりと私の耳に届く。私だって、周りに流されず自分の生き方を貫ける孤爪くんが凄いと思うよ。バレーしてるときの孤爪くんだって凄い。尊敬出来るところたくさんあるよ。そう言いたかったのに言葉に出来なかったのは、胸がつまっていたからだ。それでも、込み上げる想いを宥めて口を開く。

「なら、私と孤爪くんは一緒にいると、ちょうどいいね。真逆なら、ちょうどバランス保てる」

 アップルパイを食べ終えた孤爪くんが少し目を見開いて私を見る。

「……その考えはなかった」

 そして言った後で気づいた。なんかこれ、私が孤爪くんに側にいたいって言ってるようなものじゃないか、と。いや、孤爪くんのことだからそんなに深くは捉えないはず。けど。孤爪くんに気付かれないように悩む。
 そして、悩むことに疲れてしまった頃、少し意地悪な考えが浮かんだ。孤爪くんも、悩んでくれないかな。私の言葉が孤爪くんの頭の中に残って、ふとしたときに思い出してくれれば、いいのにな、なんて。そうして、気付く頃には、空が茜色に身を染めていて、孤爪くんは暗くなってしまう前に、と私を促した。

「……家、送る」
「いや、いいよ! 大丈夫だよ、まだ明るいし! 孤爪くん降りる駅違うじゃん」
「山本に借りてたもの返すから、ついで」

 そう言って孤爪くんは本当に私を家まで送り届けてくれた。家に吐く頃には空の茜も姿を変えて、帳を降ろそうとしていた。また明日ね、と孤爪くんに別れを告げ、背を向けた時に思う。明日、学校で渡すのではなくてわざわざ今日届けなくてはならないものって、いったいなんだったのかな、と。

(15.11.08)