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「研磨、女の子とデートしたんだって?」
「え! なんですかそれ! 夜久さん、詳しく! てか研磨さん彼女いたんですか!?」
「いないしリエーフうるさい」

 部活の終わった部室で研磨に話しかけたのは夜久衛輔だった。彼の言葉の後に入り込んだ灰羽リエーフを研磨は一蹴した。大方、夜久に伝えたのは黒尾だろうと研磨はため息を吐いた。制服への着替えが終わっても、研磨の隣にいる1年生は興味深そうに瞳を輝かせている。

「クロ……」

 研磨は後ろにいた黒尾を見た。悪気を見せない黒尾が楽しそうにやり取りをみている。自分の知らないところで彼女と話をしていたりと、今は黒尾が何を考えているか分からないと研磨は思う。クロ、ほんと、余計なことしないで、と。それは懇願にも似た思いだった。

「悪い悪い」
「俺、研磨さんが女の子と一緒にいるの想像できないんですけど」
「おいリエーフ、それはそれで失礼だぞ……」

 リエーフの言葉に夜久が素早く声を上げた。研磨は自分を中心としたその類いの話題に居心地の悪さを感じ、今にも部室から退去したい心持ちだった。

「彼女さん、同じクラスですか? 部活はいってます? 可愛いんですか?」
「だからいないってば……」
「え、でもデートしたんですよね? だったら、好きなんですよね?」

 リエーフの純粋な瞳と、真っ直ぐな意見に、研磨はますます決まりが悪くなる。2人で出かけたことは事実だ。けれど、彼女ではない。あれは、ただ、自分の好きな食べ物を共に食べただけだ、と研磨は考えようとした。だけど、あの日、名前とした会話を研磨は思い出す。男子生徒に告白されたわけではない事実。そして、誘ったのは自分だったからという言葉。あの日、ほっとして、そのあと心が鼓動をあげたのがわかった。ただ、それでも研磨は、その感情の名前を知るのが少し怖かった。

「……リエーフうるさい」

 今度は少し間をもって研磨が答える。その様子を着替え終えた夜久と黒尾が見守っていた。研磨に届かない声で二人が会話をする。

「研磨に彼女か……。研磨がなぁ、彼女かぁ……」
「いや、まあ本人は認めてないど。それでも時間の問題だろうな」
「研磨もさっさと認めれば良いのに」
「アイツはそういうの鈍いから。でも無事にデートすることも出来たみたいだし、少し変わったんじゃないか?」
「これで研磨がもっとやる気を出してくれたらいいんだけど」
「まあますば研磨が自分の心に気付くところから、って感じだな」

 リエーフを鬱陶しそうにあしらう研磨を黒尾は見つめる。面倒くさがりで、目立つのが嫌いで、人見知りの研磨。その心を認めてしまえば、きっと彼の嫌いな面倒なことはたくさんあるだろう。相手を想って自分のペースが保てなくなるときもある。それでも、止められない想いというものは世の中に存在する。自分の理性では抑えられない、本能が欲するものがある。頭ではなく、気持ちが勝手に先行する感情がある。研磨はただ、それを認めるのが怖かった。そうなってしまう可能性があるのが怖かった。そしてそのことを黒尾は何となく気づいていた。
 帰りの電車の中、黒尾が研磨に話しかける。

「名前ちゃんは研磨のこと好きだろうな」
「……そういうこと言うの、やめて」

 珍しくゲーム機を鞄にしまったままの研磨が眉を寄せなが言う。その反応をみて、困るというよりは戸惑うに近いんだろうなと黒尾は思った。
 
「おれ、ここで降りるから。じゃあね、クロ」
「は? 山本んちでも寄るのか? なら俺も」
「寄らない。……今日名字さん休みで、週末挟むからプリント類届けてくれって頼まれただけ」
「研磨に?」
「クラスの女子に頼まれた、だけだから」

 研磨はそう言うと黒尾に手を振り、下車した。その後ろ姿を少し呆然とした黒尾が見つめる。近くでもない研磨に頼んで、研磨はそれを受け入れた。自分が思うよりもずっと、研磨はちゃんとあの子と向き合おうとしているのではないか、と。一人になった黒尾が楽しそうに思っていた。

(15.11.08)