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 月曜日になると熱を出していたのが嘘のように体調は全快した。晴々とした気分で学校に向かう。月曜日だっていうのにすごく気分がいい。なんだろう。孤爪くんに会えるからかな。うわ、なにそのフレーズ。少女漫画っぽい。悪くない。ふふふ、と浮かれた頭のまま、玄関で靴を履き替えると、目の前を見知った人が通った。
 黒尾先輩、と小さな声で言ったのにも関わらず、その人は私の声に気付きこちらを見た。そして口角を上げる。なんだ、その反応は。私は反対に眉を潜めた。この人、悪い人ではないけど私の恋心を楽しんでいる節があるから気を抜けない。

「お、おはようございます」
「おはよ。熱出てたんだって?」
「あ、はい。もう元気もりもりなんですけどね」
「金曜日、研磨行っただろ?」
「来ましたね。プリント渡してもらいました」
「青春だねえ」

 プリントの手渡しは青春じゃないわ、と思いながら、はぁと曖昧に返事をする。しかしこの人が後押ししてくれたおかげで私は孤爪くんとアップルパイを食べることが出来たという事実は忘れていない。

「そういえば、先週はありがとうございました」
「……ごめん、なにが?」
「いや、アップルパイの件です。無事に孤爪くんとアップルパイを食べられたのも黒尾先輩のおかげです」

 ああ、あれね。黒尾先輩は思い出したように納得した。2階の階段の前で黒尾先輩が足を止める。どうした、と私も同じように足を止めた。一段だけ階段を昇った私はいつもより黒尾先輩の顔と近い。それでも黒尾先輩のほうが高いんだから、その身長に驚かされる。そんなことを考えていた私に、黒尾先輩はおもむろに口を開いた。

「告白は考えてないの?」

 一瞬、私の思考が全て停止した。おいおい今何を言ったの、この人は。しかも公衆の前面で。思わず口が開く。しかし、思う。告白なんて考えもしていなかった。そりゃあ付き合えたなら嬉しいけれど、私なんかが孤爪くんと、なんておこがましいような気もする。言いあぐねる私に、黒尾先輩は続けた。

「研磨は名前ちゃんのこと好きだと思うけど」
「は、いや、なにを、そんな、いや、いやそれは、いやいや」

 黒尾先輩の言葉に焦った。それが事実なのか、虚偽なのかは分からないが黒尾先輩のその言葉はある種の破壊力を持っていた。私の思考は完全に壊されたのだ。焦る私を黒尾先輩は楽しそうに見ている。本当に悪趣味。

「まあ頑張れ」

 黒尾先輩は固まる私の横を通って階段を昇っていった。去り際、私の肩を2回、優しくエールを送るように叩いて。
 黒尾先輩に残された私も急いで教室に向かわないと、と思うのにやけに身体が火照るような感じがして、上手く表情が作れない。足が進まない。黒尾先輩の言葉を信じたいと思う自分が居るのだ。ゴンちゃんだって言ってたじゃないか。私だから、って。それに、孤爪くん私のこと気にかけてくれる雰囲気があるし、目が合うし。そんな自分にとって都合の良いことばかりを考える。
 でも、もし。もしも、孤爪くんが私を好きではなく、ただの友達としてそうしてくれていたら? そんな微かな疑問が歯止めをかけるのだ。

「おはよう、名字さん。……ずっと立ってるけど」
「こっ孤爪くん……!」
「……また具合、悪くなった、とか」
「あ、いや、違うの、元気! すごく元気!」

 孤爪くんが慌てる私を不思議そうに見る。え、いつからいたの? さっきの話しは聞こえてた? 焦りを抑えて孤爪くんを見るけれど、特に反応はない。それでもすぐに黒尾先輩の言葉が甦ってきて、上手く孤爪くんのほうを見れなくなってしまう。本当になんて事を言い残して去っていったんだあの人は。孤爪くんの幼馴染という立場から言われるのと、私の友達から言われるのとでは、やはり説得力というものが違うのだ。

「教室、行かないの?」
「行くよ。行く行く!」

 私が階段を上がるのと一瞬に、孤爪くんも階段を上がる。教室までの短い距離。孤爪くんが居る右側に熱が籠るようだ。意識が全部、そっちに持っていかれる。ああ、そういえばこんなこと前にもあったな。確かそう、雨の日。本当は私、あのときからもう孤爪くんのこと意識しちゃっていたのかな。

「あの、先週の金曜日、ありがとう。プリント助かったよ。課題も出来たし」
「なら、よかった」

 教室について私達はそれぞれの席に着いた。隣にいた日々が今ではもう懐かしく感じてしまう。孤爪くんのほうにそっと視線を向けた。孤爪くんの煌めいた髪窓から差し込むが朝の光に照らされてキラキラと光っている。ゆっくりとした動作で席に着く彼を見て、好きだな、と思った。

(15.11.15)