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「……も、もし、私が孤爪くんのこと好きだって言ったら、どう思う?」

 言った後に、あ、やっぱりタイミング外した。と少し後悔した。だってそうでしょ。孤爪くんの立場になったら、いきなり何で家を訪ねたのか聞かれて、その後にさっきの言葉だよ。私だったら、どうしたいきなりってなる。取り消せない言葉に私は取り繕う言葉を考える。
 しまったとは思いながら、孤爪くんを見た。それは身体の隅っこに残ってた好奇心だ。彼は驚いた顔をしたけれど、すぐにまた視線を下げた。そして、多分、ちょっと困っていた。それをみたら私は余計に慌ててしまって、考えるよりも先に口を開いていた。

「あ、あの、これは、その、あれだから。なんとなく、あ、えっと……。そ、そうだ。私は孤爪くんのこと友達として好きだよって思ってるんだけど、孤爪くんはどうかなーっていう疑問のやつだから。あのだから、あんまり重く受け取らないで、くれれば……」

 語尾がどんどん小さく、弱くなっていく。なにこの弁解。自分でも呆れるし、バカじゃないのって思う。というか一人で舞い上がってる自分を冷静に見ると本当にバカだ。それでも孤爪くんが私のことを嫌になってしまわないようにと願う。

「……うん。ごめん、いきなり言われて驚いたけど、おれも名字さんのこと、友達、だと思ってる」

 ほっとしたと同時に、ずどん、と重い何かが心に落ちた。本当は、笑顔を作ることをやめたいって思ったけど、孤爪くんの前だからと無理矢理、上手くない笑みを浮かべた。好きな人にはせめて、可愛い表情を見せていたいと思うのに。自分で巻いた種のくせに、上手く収拾できないなんて。

「あー、ありがとう。嬉しい、なあ」
「……うん」
「それじゃあまた、月曜日に、学校で」
「うん、また」

 孤爪くんは私の心に気付いただろうか。繊細に揺れる私の心に。複雑な顔をした孤爪くんが、去っていく。その顔の裏で、孤爪くんは何を考えているんだろうか。私には分からない。孤爪くんが、私の想いを分からないように。
 閉じたドアを見つめる。ここに、この家に、先ほどまで孤爪くんが居たのが嘘のようだ。私は知ってしまった。孤爪くんは、私のことを友達以上には思っていない。いや、もしかしたら、特別なのかもしれない。特別な友達。試合に誘ってくれて、一緒に帰ってくれて、プリントを届けてくれる。でもそれは恋愛感情を持っていなくても出来る。私はたまたま孤爪くんと仲良くなれた。他の女子よりも、クラスの誰よりも、少しだけ特別な位置で。それが多分、私を舞い上がらせた。期待してしまった。
 さっき私がもしもの話をした時、孤爪くんは困って、そして焦ったような顔をした。あれは、人間が予想外の事を言われたときにするような顔だ。そしてそこに、喜びは見えなかった。戸惑いと、焦りだけだった。それは、つまり、孤爪くんが私のことを恋愛対象として見ていないということだ。そう、なのだ。
 苦しい、と思う。孤爪くんのことを考える今までの苦しみとはまた少し違う苦しみだ。ああ、どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。


△  ▼  △


「無理もう無理」
『いや、まだ分からないでしょ』

 電話越しのゴンちゃんの声が私を励ます。いや、これは叱咤激励って感じだ。

『そもそも名前ちゃん告白じゃないでしょ、それ』
「いやまあそれは……」
『だったらどうする? って逃げ道作るの狡いよ。孤爪くんが相手なんだし、バシッと決めなきゃ伝わらなさそう』
「いやむり! バシッと決めて撃沈だったら私もう教室行けない」

 だけど、ゴンちゃんが言ってることは正論だと思う。私は実際、自分の逃げ道をつくってから孤爪くんに言ったし、孤爪くんの性格を考えるとゴンちゃんの言うようにはっきりと「好きです」と伝えないとわかってもらえないような気がする。だけどいざそれをしろと言われたら出来るわけではない。だってやっぱり怖いから。撃沈してしまうことが。

『……普通、何とも思ってない女子の家、訪ねなくない?』
「私もそう思ったけど、でも孤爪くんは私のことを男女の壁を越えた特別な友達って風に思ってるかもしれないじゃん?」
『男女の友情ねえ……。それはあると思うけど、名前ちゃんと孤爪くんの間はどうかなあ』
「え、それはそれで酷い!」
『いやそうじゃなくて、さ。孤爪くんってなんか、そういうタイプでもなさそうだし』

 電話越しだけれど、なんとなくゴンちゃんが悩んでいる姿が思い浮かぶ。私は日中の孤爪くんとの一件を思い出して、やっぱりゴンちゃんの考えは違うんじゃないかな、なんてことを思った。私と孤爪くんは「友達」という距離がちょうど良いときっと神様に決められちゃっているんだ、と自分の縁を悔やみながら。

(15.11.20)