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 研磨は動揺していた。名前の家を訪れた際に言われた一言。予想外の彼女の問いかけに、研磨は驚いていた。その言葉の真意が研磨には分からなかった。なぜ、彼女がこのタイミングでそのような事を述べるのか。しかし、タイミングはどうであれ、その一言は少なからず研磨に影響を与えていたことは確かだった。
 名前が好きだと言ってきたらどうするか。すぐに答えられなかったのは、研磨がまだ、恋愛というものを苦手としていたからであった。それでも、帰り道で研磨は考えていた。自分にとって彼女は一体どのような存在なのだろうか、と。


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「はあ? 好きって言われた?」
「いや……クロちょっと声でかい……。あと、言われたわけではない」

 週が開けた月曜日の放課後、部室に向かっていた黒尾と研磨だったが、その声の大きさに研磨は焦りを覚えた。ここは部室の前だ。人に聞かれたくない話題をここで振ってしまったのは自分だが、せめて声のトーンは落としてほしい。部室のドアの前から離れ、その旨を黒尾に伝えると、彼は体を研磨のほうに寄せて先程よりも小さな声で研磨に訪ねた。

「いや、つーか、そんなことになってたのも驚きなんだけど」
「まあ……家に行ったのはたまたまっていうか、雨のせいっていうか……」
「ふーん」

 黒尾が何かを含んだ笑みで研磨を見る。その目に居心地の悪さを感じながらも、黒尾の言葉を待った。困ったことに研磨自身は恋愛経験が乏しい。というより、その感情に疎い。自分でもわかっていたそれに、研磨は黒尾を頼るしかないと判断したのだ。幼馴染の黒尾を。

「好きって言ったらどうする、ねえ……。実際、どうすんの?」
「……名字さんのことは友達って思ってたから。……本人もそう言ってたし」
「でも俺に言うってことはそれだけじゃないんだろ?」
「うん……。なんていうか困るな、って」

 困る? 研磨の口からでた単語に黒尾は気付かれないように眉を寄せた。嬉しい、だとかそういう感情ではないのか。その疑問を持ったまま、黒尾は研磨の言葉を待った。

「ちょっとどうしていいかわからないなって、思って」
「つまり?」
「自分でもよく分からないから、すぐに答えられなくて。でも名字さんも困ったような顔、してたし」

 黒尾は考える。つまり、研磨は予想外の事を言われて戸惑っているということか? 今まで研磨が彼女相手にしてきた行為は黒尾から見ると珍しいものだった。てっきり研磨ももう自覚しているものだと思っていたが、どうやらまだまだひよっこみたいなものらしい。研磨の戸惑いの正体に、黒尾はどうしたものかと頭を捻らせた。そもそも研磨は彼女のその言葉をどう捉えてるのだろうか。

「つーか、研磨はあの子が何でそんなこと言ったと思う?」
「え……。友達だと確認したくて?」

 認識の違いが発生したことに黒尾は不憫だな、と名前を憐れんだ。どうフォローするべきがと悩んだ黒尾だったが、彼が口を開くよりも前に研磨が再び言葉を紡いだ。

「だけど、友達とは少し違う気もした。……クロとか、翔陽とか、名字さんと比べてみるとちょっと違うかなって。だから友達として好きだったら、ちょっと、困る……かも」

 おお。なんと。研磨の口から溢れた言葉に黒尾はある種の感動さえ覚えた。無自覚は言えどちゃんと感覚はあるんじゃないか。これはやはりそこまで自分が心配しなくても大丈夫なんじゃないだろうか。しかしそうなると問題は彼女のほうだ。彼女は少し誤解していそうだ。黒尾は考える。これは、なかなか面白い展開だな、と。

「まあ、あの子がどんなつもりで言ったのか俺にはわからねーけど、能天気に言ったわけじゃないだろ。何かしらの思いがあって研磨に言ったんだろうから、まあ、研磨も色々と彼女のこと考えてみるといいんじゃないか」

 黒尾の言葉に研磨が眉を寄せる。それは、根本的解決には至ってない。それでも、その言葉に彼女の事を考える事を後押しされたようで研磨は少し安心していた。そう、彼女はどうしてクロや翔陽とは違うのか。彼女は、自分にとってどんな存在であるのか。知ることが恐いその感情の答えはもう、逃げることも出来なくなるほど、すぐそこまで迫っていた。

(15.11.23)