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 聞いてはいけないものを聞いてしまった。こんな時はつくづく、自分のタイミングの悪さが嫌になる。

「はあ? 好きって言われた?」
「いや……クロちょっと声でかい……。あと、言われたわけではない」

 音駒の全部活の部室が集まる建物の角。ここを曲がればゴンちゃんの所属するソフトテニス部の部室、というところでその会話を聞いてしまった。うん、本当に、孤爪くんが言う通りに声でかいよ、黒尾先輩。
 こうなってはこの角から出られない私は二人が部室に入るのを待って潜んでいた。好きって、え? まさか他に誰かから告白されたのか? と焦ったが、次に聞こえた言葉に自分の事だと分かった。

「いや、つーか、そんなことになってたのも驚きなんだけど」
「まあ……家に行ったのはたまたまっていうか、雨のせいっていうか……」
「ふーん」

 あ。先日の一件でしたか。ひええ、と肝が冷える。やめて、こんなところで相談するのやめて。気まずさと恥ずかしさを感じながらも、会話が気になり耳を立てる。やばい、今の私、変質者。

「好きって言ったらどうする、ねえ……。実際、どうすんの?」
「……名字さんのことは友達って思ってたから。……本人もそう言ってたし」
「でも俺に言うってことはそれだけじゃないんだろ?」
「うん……。なんていうか困るな、って」

 孤爪くんのその言葉が聞こえた瞬間、私はほとんど無意識にその場をかけて離れた。聞きたくない。聞いてはいけない。そんな一言を聞いてしまった。いや、予想はしていたけど。あのとき、孤爪くん困った顔してたし。だけど。だけど、さ。本人の口から「困った」って実際に聞くと辛いものがある。
 きっと孤爪くんのことだから、純粋に私を傷付けずにこれからも友達としてうまくやってくためにどうしたらいいのかを黒尾先輩に言ってたんだろう。だけどなぁ。まさかなぁ。それを聞いてしまうとはなぁ。……勢いとは言え、あんなこと聞くんじゃなかった。ああ、後悔。
 ゴンちゃんにも忘れ物の携帯届けられないし、最悪だ。なんかもう色々と困ったな、と思っていたら携帯が鳴った。ソフトテニス部の友達からだ。友達経由でゴンちゃんと連絡をとる。水道のとこにいるから、と送るとしばらくしてゴンちゃんがやってきた。

「……ごめんね」
「忘れ物したの私だから大丈夫だよ。それより、何かあったの?」
「うん、まあ……聞いてはいけないものを聞いちゃって……」
「聞いてはいけないもの?」

 ゴンちゃんが首を傾げる。私は一息吸い込んで、事の詳細を彼女に話した。詳細を聞いたゴンちゃんは、あちゃーとでも言いたげな顔をした。

「当たって砕けなかっただけましだと思いたい」
「いやいや」
「だって、真っ正面から好きですなんて言って、ごめんなさいされた日には私やっぱり引きこもりになるかも」
「わからなくもないけど……」
「テストも近くなってきたし、しばらくは……まあ、孤爪くんと会話するのやめる、かな。やめるっていうか私からは積極的に話しかけにいける自信ない……」

 項垂れる私をゴンちゃんは励ました。あの孤爪くんが私のことを友達だと思ってくれるだけで凄いこと。それ以上を望んでしまったのが良くなかった。そう、思うようにする。思い込むように、する。友達のままでも、充分だと。これくらいがちょうどいいのだ、と。
 だけど、本音を言うと聞きたくなかった。尋ねたのも聞いたのも私の責任だけど、こんな想いをするくらいなら、少し前のまま、孤爪くんを好きだってことで浮かれているほうがよかった。もしかしたら、なんて期待をもって接しているほうがよかった。ああ、私がもっと可愛かったら、もっと魅力があったら。少しは違っていたのかなぁ。

「……ねえ、名前ちゃん。私はその場に居なかったし、孤爪くんの考えてることはわからないけれど、正直、私からみたら孤爪くんも名前ちゃんのこと好きなのかなぁって思ってたから、そのこと聞いて驚いてる。けど、孤爪くんって何とも思ってない女の子の家行ったりするようなタイプじゃないと思うし、困ってるっていうか、戸惑ってるんじゃないかな? 奥手……いや、恋愛事には疎そうだし」
「でも……」
「私は名前ちゃんの味方だから、何かあったらいつでも話聞くし、孤爪くんがもし酷いこと言ったらこら、よくも悲しませたな! こら! って思うよ。けど、名前ちゃんがちゃんと孤爪くんと向き合って、考えて、孤爪くんのこと好きになるのやめるって思うんなら、それも協力する。他の男の子紹介するし、気のすむまで遊んだりしよ」
「ゴンちゃん……」

 失恋の痛手に彼女の優しさは涙を誘う。だけどゴンちゃんはつまり、私に孤爪くんとちゃんと向き合えと言っているんだ。好きって言ったらどうする? なんて逃げて聞かないで、当たって砕けろと言っているんだ。砕けるのは辛いけれど、砕けた先には友情があるというのを私は今日、知った。

(15.11.23)