03


 新しいクラスにも慣れ隣の席の孤爪くんの髪がプリンになりつつある頃、世はゴールデンウィークに突入しようとしていた。今年のゴールデンウィークどこか行く? なんてトークがちらほらと耳に入ってきて、そしてそれは私たちもまた然りだった。

「名前ちゃん、ゴールデンウィークの予定は?」
「友達と遊ぶ予定くらいしかないんだよね。うち共働きだし、親の休みもなかなか被らないからあんまり旅行も行かないし」
「そうなんだ」
「ゴンちゃんは?」

 権田原めるこちゃん、通称ゴンちゃんは私の後ろの席の女の子で妙に気が合う友達だ。出会って1ヶ月しか経ってないなんて信じられないくらいに気があって、それはもう前世からの仲ではないかと疑うレベルだ。
 そんなゴンちゃんの悩みは、権田原なんて厳つい名字なのに名前が妙に丸っぽい平仮名で統一性がないことらしくて、そういう予想斜め上の悩みがまた私のツボをついてきて好きなんだよね。しかも下の名前で呼ばれるよりゴンちゃんと呼ばれる方がどっしりしてて好きというからもう予想外すぎてたまらない。可愛いのに。

「私、箱根行く予定だよ」
「箱根! いいなあ」
「お土産買ってくるからね」
「えっ楽しみ。私は何もないけどごめん」
「いいよ、気にしないで」

 家族で旅行するの良いなあと思いながら、私はなんとなく孤爪くんに話しかける。

「孤爪くんは? ゴールデンウィークどうするの?」
「え……」

 いきなり話しかけられたことに驚いたのか、孤爪くんはいつかの時みたいに目を見開いて、猫みたいな瞳に私を映した。
 1年生の時も同じクラスだったのに、コンビニで会ったのに私と弧爪くんの溝はなかなか埋まらない。私は孤爪くんと友達って思いたいけど、孤爪くんは多分まだそんな風には思ってくれないんだろうな。

「どこか行くの?」
「……宮城」
「え、宮城?」
「合宿。バレー部の」

 そう言われて孤爪くんがバレー部だったのを思い出した。うちの学校のバレー部は数年前までは強かったらしいというのは聞いていたけれど、今はどうなのか知らないしゴールデンウィークにわざわざ宮城県に行くのはさすがに驚いた。
 私は部活入ってないし、合宿とかそういうの普通に凄いなって。

「孤爪くんのポジションって何?」
「セッター」
「体育の時しかやったこないけど、オーバーのトス上手く出来なくて、あ、アンダーも上手くはないんだけど。だからセッター凄いよね。孤爪くん、凄いね」
「⋯⋯別に練習すれば簡単だと思う」
「練習かあ」

 じゃあ簡単だと思えるようになるまでの練習量ってどれくらいなんだろう。孤爪くんが汗かいて一生懸命に練習して、なんてちょっと想像できないな。
 目立つ髪色は孤爪の顔に影を落とす。隠れているのか、隠れていないのかわからないなと思いながら私は孤爪くんを見つめた。

「孤爪くんがバレーする姿、あんまり想像できないかも」
「まあ、だろうね」
「でも、んー、じゃあ体育の授業でバレーのときは孤爪くんのこと参考にさせてもらおうかな」
「……見なくていいんだけど、別に」

 私の提案に孤爪くんは明らか嫌な顔をした。そんなに嫌なの。ちょっとショックだな。飼い猫に無視されたくらいにはショック。まあイエスマンのニコニコしてる孤爪くんもそれはそれで怖いけど。

「宮城ってことは、ずんだもちとか牛タンとか笹かまとか美味しいのたくさんあるよね」
「バレーしに行くんだけだから」
「いいなあ。私、笹かま好きなんだよね。美味しくない? 笹かま食べたいなあ⋯⋯。孤爪くん美味しいものまみれのゴールデンウィークだね!」
「いや、だから、バレー⋯⋯」

 あ、そうだったね。バレーの合宿だったね。セッターだもんね。教科書を鞄から取り出しながらごめんごめんと孤爪くんに謝る。私とやり取りを続けることに疲れたのか、孤爪くんは「別に」とだけ返事をしてまた前を向く。そんな孤爪くんの対応、私ももう馴れたけどね。

「あ、でも気を付けて行って、気を付けて帰ってきてね。いってらっしゃい」
「……どうも」

 でも孤爪くんは言葉を無視したりはしない。ちゃんと気が付いて返してくれる。気まぐれな猫みたいだと思うけど、でも私は孤爪くんのそんなところが結構好きだった。

(15.10.01)