04


 ぐうたら過ごせた楽しいゴールデンウィークも終わり、季節は少しずつ初夏の香りを纏うようになってきた。連休にだらけていたせいか、授業の時間がいつもよりも長く退屈に感じてしまう。1分がまるで1時間のようにも感じられる。時計を見ても全然進まない針は本当に機能しているのか疑いたくなるほどだ。
 くわあ、と大きな欠伸が出る。それを手で抑えながらふと横を見ると、孤爪くんと視線があった。よりにもよってここでかあ。大きな欠伸しているここでかあ。いや、大きな欠伸をしたからこそ孤爪くんは私を見ていたのかもしれない。私は急に羞恥が込み上げてきて視線を反らす。女の子というより人として恥ずかしかった。
 あまりの恥ずかしさにそれから授業が終わるまで孤爪くんのほうは見ることが出来なかった。隣の人とペア組んで、なんて言われなくて本当によかった。

「……寝不足?」

 そんなものだから、まさか休み時間になって孤爪くんから声をかけられると思っていなかった私はその問いかけにすぐに返事をすることができず、孤爪くんを見つめることしか出来なかった。孤爪くんは怪訝そうな表情をして私を見つめ返す。

「……あ、いや、そう言うわけではないんたけど」
「そう」
「あ、あー……孤爪くんはゴールデンウィーク合宿だったんだもんね?」
「そうだけど」
「どうだった?」
「うん、まあ、楽しかったかな」

 そう言った孤爪くんの顔は、その楽しさを隠しきれておらず「楽しかった」時のことを思い出しているのか、彼にしては珍しく口角を上げていた。あれ、むしろ私は孤爪くんのこんな表情見るの初めてじゃないか、と気付いた途端、先程と同じように不躾ながらもまた孤爪くんを見つめることしかできなかった。楽しいと孤爪くんはこんな顔をするんだ。

「名字さん?」
「あ、いいね! きっと楽しかったんだろうなって思った。孤爪くん珍しく笑ってるし」

 とてもレアなものを見た気分。

「……別に笑ってないし」

 私の指摘で自身の表情に気がついたのか、孤爪くんは少し驚いたあと顔を反らして気まずそうにした。……照れているのかな? ちょっとだけ分かりやすい反応に私は思わず笑ってしまいそうになるけれどぐっと我慢した。ここで嫌われるわけにはいかない。
 そんな風に気持ちを堪えていると、会話は終わったと判断したのか孤爪くんは鞄からゲーム機を取り出した。少し怠そうにするすると手を動かしている。

「ゲーム好きなの?」
「うん」
「どんなゲーム?」
「育てて闘うゲーム」

 アバウト。だけども普段ゲームをしない私からしたら非常にシンプルで好き勝手に想像できる説明でとても良かった。そっと手元を覗いてみたけれどやっぱりよく分からない。分かったのは孤爪くんの操るプレーヤーのレベルがとても高かったというくらいだ。

「よくわかんないけど凄いね」
「凄い……かどうかはわかんないけど」
「見てたらするする動くから面白い」
「……見てるだけって退屈だと思ってた」
「えっそう? 私は結構見る方が楽だよ。自分でやったら上手く操作出来なくて癇癪起こしそうになる」
「……それは見るだけで正解かも」

 そう言い孤爪くんは電源をオフにした。あれ、もういいの? と尋ねると時間限定のマップがなんたらかんたらと言っていた。正直なにがなんだか分からなくて適当に相槌を打ったけれど、大丈夫らしい。ゲームしてるときとかゲームの話してるとき生き生きしてるね、とはやはり言わない方がいいんだろうな。

「……あ、これ」

 不意に孤爪くんが思い出したように鞄を漁って、私に何かを手渡してきた。なんだろうと袋の中を見ると笹かまが入っていた。

「え?」
「好きって言ってたから。というか、お土産買ってきてってことかなって思って」

 え、それだと私が図々しい人間みたいでは。いやでもあれだけ言ったし確かにそう思われても仕方ないかもしれない。笹かま。美味しいけど。美味しいけど、なんか孤爪くんには図々しいやつとか思われたくないな。もう私に出来るのはお礼を述べることだけ。

「……ありがとうございました。あの、気を使わせてしまいすみませんでした。しかも私は何も返せないし」
「別にいいけど。何、その敬語」

 手の上の笹かまを見る。美味しそうなフォルム。孤爪くん、合宿先で私のことを思い出してくれたのかな。いや、違うか。駅に売ってる笹かま見て私のこと思い出してくれたんだろうな。そうだとしたら、それはちょっと私にとってくすぐったくなるような事実だった。

(15.10.05)