26


 だからと言ってすぐに「好きです」なんて告白出来るわけない。というか、孤爪くんが私が誤魔化した言葉をそのまま受け取っていて「友達として好きって言ったらどうする?」って言ったと思ってるのなら、なんで困るの? 私と友達は嫌ってこと? それもそれでなかなか辛いんだけど。いや、そもそも取り繕う前に孤爪くん、困った顔してたよね? 孤爪くんの考えてること、全然わからなくなってきた。

「む、無理だ……。私の限界を越えている……」
「名前ちゃん、大丈夫?」
「いや、キャパオーバーかもしれない」
「悩める乙女だねえ」

 休み時間の度に頭を悩ませる私を見てゴンちゃんは微笑みながら言った。テスト前だっていうのに、こんなこと考えているなんて本当にヤバい。ちらりと孤爪くんの席のほうに視線を向けたけれど、孤爪くんは他の男子生徒と話をしていた。

「本当にさあ……私のことどう思ってるんだろ」
「いや絶対悪いようには思ってないって」
「客観的に見て?」
「客観的に見て」

 えー、でもなぁ。とゴンちゃんの言葉にも悩む私は本当に後ろ向きというか、女々しいというか、はっきりしないというか。自分が嫌になる。悪いようには、じゃなくて好きだって思ってほしいと考えてしまうのはやはり、欲張りだからなんだろうな。どこかでうっすらとした希望を持ってる。

「まあ頑張りなよ。私は名前ちゃんの味方だしさ」
「ゴンちゃん……好き」
「はい。そう言うのは意中の人に言えるようになろうね」
「て、手厳しい……」

 ゴンちゃんが笑ったのを見て、私はもう一度孤爪くんの方へ視線を向けた。気付け。気付くな。正反対の感情が私の心を支配する。じろり。そんな効果音を頭の中で響かせて孤爪を見つめると、その私の視線に気が付いたのか孤爪くんは私のほうに顔を向けた。えっ、どうしよう。
 そして、一瞬。本当に一瞬、目があって、私は分かりやすく反らした。あ、しまった。またしてもやってしまった。今のは分かり易すぎた。明らかに避けましたって反らし方をしてしまった。反らした後になって後悔した。だけど、そのまま反らさないなんて選択は出来なかった。今、孤爪くんはまだこっちを見てるのかな。嫌なやつだって思わなかったかな。これで私のこと嫌いになったりしないかな。ざわざわと不穏な感情が襲う。

「……名前ちゃん?」
「わ、私はやっぱりだめだ……」
「えっなに、いきなりどうしちゃったの?」
「孤爪くんと目があってしまった。……死にそう」
「嬉しくて? 緊張で? 怖くて?」
「多分全部」

 悶えながら、一瞬だけ合った孤爪くんの顔を思い出す。好きだ。孤爪くんが困ってても私はやっぱり彼が好きだ。簡単に捨てられる感情じゃない。わかってるのに、たった一言もちゃんと伝えられないなんて本当に情けないなぁ。
 
「あ」
「え?」

 机にうつ伏せながら、はぁ、とため息を吐くと、ゴンちゃんがいきなり声を出した。その一言に私もどうしたのと顔をあげる。ゴンちゃんは驚いたような、喜んでいるような、なんとも言えない顔をして「孤爪くん」と呟いた。え? と思ってゴンちゃんの向いている視線のほうに顔を向ける。そしてぎょっとした。私の机の隣には孤爪くんが立っていた。

「えっ」

 孤爪くんは、困ったように視線をさ迷わせた。自分の意思でここに来たであろうはずなのに、居心地が悪そうだ。私も私でいきなりのことに戸惑ってしまって「どうしたの?」なんて一言さえ口から出ない。口を金魚のようにさせておどおどしている私にゴンちゃんは背中をつついて教室を出ていった。少し正気に戻って、ようやくそこで「ど、どうしたの?」と聞くことが出来た。声は上擦ったけれど。

「……今日から、部活ないから」
「そ、そうなんだね。えっと、テスト前だもんね」
「うん……だから名字さんが嫌じゃなければその……一緒に帰れたらなって思って」

 孤爪くんの言葉に私は目を見開いた。え、今何て言った? 私の聞き間違いじゃなかったら一緒に帰ろうって言ったよね? あ、でも友達としてか……。孤爪くんに返事をするのも忘れて考え込んでいると、覗かれるように見つめられて「あの……」と言われた。あ、だめ。近い。死ぬわ。私はまたしてもその視線から逃れるように顔を反らして小さな声で「うん」と返した。

「……なら、放課後、また声かける」
「う、うん……」
 
 孤爪くんは少し、何かを躊躇って自分の席に戻っていった。火照る顔を抑える。どういうことだ、これは。全然現状を把握できない。孤爪くんの頭の中が全然分からない。分かるのは今、私が一緒に帰ろうと誘われたことだけだ。困るって言ってたくせに。なんで、こんな風に私を誘うんだろう。ねえ本当に孤爪くんの考えてること、私には全然分からないよ。

(15.11.29)