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 孤爪くんとこうやって一緒に並んで帰るのって、何度目だっけ。身体と心がちぐはぐな感覚に飲み込まれながら、そんなことを思っていた。隣にいる孤爪くんは相変わらず私より背が高くて、少し猫背で、春に孤爪くんと一緒に帰ったときと何も変わってないはずなのに、あのときとはなんだか全然違う人に見える。
 
「……名字さんは勉強、してるよね」
「えっ。あ、うん。いや、そこそこかな。私部活入ってないし、時間あるし、やらないと親もうるさいし」
「そっか」

 孤爪くんも緊張しているんだろうなっていうのがなんとなく伝わってきた。それでも和ませようと会話を振ってくれるんだからありがたい。いや、和ませようじゃないか。気まずくならないようにって感じかな。
 私は前を向きながら孤爪くんの言葉に答えた。答えたけれど、上手に会話のキャッチボールが出来なくて、会話が途切れる。さっきからこんな感じでずっと。いつもみたいに会話出来ない。だけど、あれ。いつもみたいってなんだっけ? いや「いつも」って、いつ? 私、どんな風に孤爪くんと話してた? ドツボにはまったように、答えの出ない疑問がぐるぐると頭の中を支配する。こんな風になりたくて、あの時聞いたわけじゃないのに。こんな気まずくなりたいわけないのに。笑っていたいのに。孤爪くんと一緒は楽しいねって心地いいねって思っていたいのに、なんでこうなっちゃったのかな。
 だけどあの時、想いが溢れた。溢れて、止められなかった。孤爪くんの頭の中にちゃんと私がいて、それは少しだけかもしれないけれど、友達よりは上位の位置で、それが嬉しくて、言葉が溢れた。

「こ、孤爪くんはどうして誘ってくれたの?」

 言った後で、だめだ。と反省した。この聞き方は何も学んでない。なにも成長してない。これではあの日の二の舞だ。考えてから言え。私は「あ、待って。違う、足りない」と慌てて否定して、孤爪くんが口を開く前に言葉を吐いた。

「えっと……孤爪くんが一緒に帰ろうって言ってくれたの、私は嬉しかったんだけど、どうして孤爪くんは誘ってくれたの?」

 胸が高鳴るけれど、孤爪くんを見る。孤爪くんはまた、驚いたように目を開いて「えっと……」と小さく漏らした。

「……ごめん、名字さんはおれのこと、嫌になったのかなって思ってたから、ちょっとビックリしてる」
「え?」
「おれのこと、避けてたよね?」

 がつーん。妙な衝撃に頭がくらくらする。私はあからさまに孤爪くんのこと避けてたら、彼がそう聞くのは当然のことなんだけど、なんだかよく分からない感覚だ。申し訳ないと言うか、図星を当てられて苦しいと言うか。居心地の悪さを感じで即座に謝る。

「えっと……。ご、ごめんね」
「うん。いいよ、別に」

 え、いいの? ちょっと驚いて孤爪くんを見た。

「嫌われてるわけじゃないって、わかったし」
「そ、そんな。嫌うなんて、そんな! まさか!」

 全力で否定した。嫌いになるなんてそんなこと、天地がひっくり返ってもない。でも、孤爪くんにも気を使わせちゃったんだな、と改めて自分の態度を反省する。孤爪くんからすると、いきなり態度を変えたよく分からない女子ってことだもんね。いやでも、孤爪くんも少しは自惚れるべきだと思う。私だって興味がない男の子の試合の応援には行かないし、一緒に帰ったりアップルパイも食べないし。それに、あんなこと聞かない。

「名字さんと、ゆっくり話せたらなって思ったから声、かけたけど……安心した」
「安心?」
「いつもの名字さんだし」
「いつもの、私……」

 孤爪くんがこちらを向いて、ふわりと笑った。柔らかい春みたいな笑顔だった。その表情を見た瞬間、ぶわっと胸に春色の感情が込み上げてきた。あ、好きだ。単純にそう思った。こうやって一緒に並んで歩けて、本当にたまにだけれど笑った顔を見せてくれて、私の名前を呼んでくれる。私、孤爪くんのこと、とっても好きだ。今こうやって存在する自分が、孤爪くんにとっての「いつも」なのだとしたら、それは孤爪くんがそうさせてくれているんだと思う。舞い上がる感情に任せて緩む頬も、孤爪くんの声色に落ち着く胸も、孤爪くんがいるからだ。
 私は立ち止まった。
 急に足取りを止めた私に、孤爪くんは驚いたけれど、同じように立ち止まってくれて「え、大丈夫……?」聞いてくれた。私はうん、と頷いて「あのね、孤爪くん」とその名前を大切に呼んだ。今なら言える。息を大き吸い込む。

「私、孤爪くんのこと、好きだ」

 その一言に孤爪くんは更に驚いていたけれど、私は続けた。

「友達じゃなくて、男の子として、孤爪くんのことが好き。本当は友達でもいいやって思ってたけど、我慢できない。孤爪くんの好きな人になりたい」

 苦しい。胸が、ぎゅっと。吐き出した感情に高ぶって、少しだけ泣きそうになった。

(15.12.03)