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 一瞬の時間が永遠のように感じられる。孤爪くんと一緒にいると、いつも時間の経過が極端に遅かったり早かったりするから不思議だ。私はぐっと奥歯を噛み締めた。うまく出来ない呼吸を整えて、驚いている孤爪くんの名前を呼ぶ。震える声はちゃんと孤爪くんに届いた。

「ごめんね、孤爪くんを困らせてるのはわかってる。でも、知ってほしかった。孤爪くんと居るとき、私は凄く凄く幸せで、嬉しいって思ってるんだって」

 いきなりこんなことを言うのも、こんな場所で言うのも本当に困らせちゃってるだろうな。勢い任せに事を行う自分を反省しながらも、私は逃げないと決めた。公園がすぐそこにあるせいか、子供のはしゃぐ声が聞こえる。だけど、今の私にとって、そんな生活音はゆったりと流れるBGMのようなものだった。

「……えっと、おれは」
「でも! でもね、孤爪くん」

 孤爪くんの言葉を遮ってまで口を開いたのは、私の中にある臆病な心だったのかもしれない。

「孤爪くんの好きな人になりたいけれど、孤爪くんを困らせたくはないんだ。……孤爪くんが、困るならもう言わないから、だから、私のことを嫌いにはならないでほしい」

 これが、臆病で怖がりな私の限界だった。それでも頑張った。逃げずに今の自分の気持ちを伝えた。これで改めて困るって言われたら私はきっと夏休みの間中、ずっと女々しく泣くだろうけれど、後悔することは多分ない。本当のところ、このタイミングで言えたのは、ダメだったときに夏休みという逃げ場がある、というのもあった。
 私はまだ高校2年生で、これから秋と冬がやって来るのに、もしも「困る」なんて言われたら残りの季節をどうやって顔合わせたら良いのか分からなくなってしまう。こんなことを考えるなんて打算的で、狡くて、弱くて、酷いなって分かっているけれど、これがやはり、限界。孤爪くんが、私を友達としかみていなくても、夏休みの間にちゃんと気持ちを整理して次からまた友達として一緒にいたいから。だから、これが頑張った私の限界なのだ。
 孤爪くんは心拍数の上がってる私とは反対に冷静に見える。何を思って、何を言おうとしているのかは予想もつかないけれど、孤爪くんが口を開いたのを見て、私の心臓がぐっと引き締まった。

「えっと、その、名字さんはいつもおれの想像しないようなこと、言ったりやったりするから、すごく……驚く」
「ご、ごめんなさい。自分でもいきなり言っちゃったことに驚いてる」
「今も結構びっくりしてて、その……なんて言ったら良いのかわからないけど、でも名字さんのこと、嫌いになるっていうのはない、から」
「うん」

 孤爪くんは下の方を向いて、視線をさ迷わせていた。考えながら言葉を選んでいるのがわかる。孤爪くんの口から紡がれる言葉が耳に届く度、緊張と期待と、少しばかりの恐怖が入り交じって、私の身体は今まで経験したことのない感覚に陥る。だけど孤爪くんが嫌いにはならないと言ってくれて安堵した。それだけで、救われる。
 孤爪くんは、言葉を選ぶのに困っているかもしれないけれど、多分、私の気持ちに困っているのではないだろう。そうであってほしいという願望もそこにはあったが、私はどこか満足していた。孤爪くんの、嫌いにはならないって言葉には芯があった。きっと彼は私とこれからも仲良くしてくれる。この人の恋人になれたらもっと幸せなんだろうな、と思うけれど、今の幸せも悪くないって思っているから、いいのだ。これ以上ここで、孤爪くんに悩ませてはいけないと思ったから私はもう良いと判断した。

「ありがとう、孤爪くん」
「え?」
「話、聞いてくれて。へへ、なんだか言ったら満足しちゃった。帰ろうか。テスト勉強もしなくちゃいけないもんね」

 私の言葉に孤爪くんは驚いた様子でこちらを見た。孤爪くんの考えていることが今はなんとなく分かるような気がしたけれど、言うことはしない。
 言い逃げみたいで心境悪いかな。でも私は多分、知ってほしかったんだと思う。私がどんな風に孤爪くんのことを想ってるのか。そこに孤爪くんからの前向きな返答があればそれはまぁ、最高の気分なんだろうけど。でもいいのだ。それは、孤爪くんを悩ませてまで欲しいものではない。私、孤爪くんにはさっきみたいに柔らかく笑って欲しい。私と一緒にいて悩むんじゃなくて、楽しいって思って欲しい。だから、いいのだ。
 あ、そうか。私は今になって気付いた。孤爪くんにとっての好きな人になるよりも、世界で一人の「私」として、孤爪くんの大切な人になりたいのだ。王子さまと薔薇がそうであったように。

(15.12.05)