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 好きだと言われた。それは紛れもなく告白で、おれにそう伝えた名字さんの瞳は、ゆらゆらと揺れていた。おれは予想もしてなかった言葉に、ただただ驚いて、名字さんの後から言ってくる言葉を聞くので精一杯だった。彼女の声が震えて、緊張していのがわかる。きっと勇気を振り絞って言ってくれたんだろうなっていうのが、今になるとわかるけれど、その時は名字さんの言葉を理解するのに、返事をするのに必死だった。
 思考を巡らせるよりも前に思ったのは、名字さんらしいな、ということだった。おれの考えもしないことやっちゃうから、今もそうで、そんなとこが、彼女らしいなって思った。それをそのまま伝えたら、名字さんは申し訳なさそうに同意して苦笑した。
 彼女の誠意に応えるためには、自分もちゃんと言わなくちゃならないっていうのは理解出来てた。だから、その時のおれが言える精一杯の言葉を言う。嫌いになることはないっていうのは、本当だ。だけど、それだけで名字さんは満足そうな、なんていうか、上手く言えないんだけど、そんな感じの顔をしたから、おれはますます彼女のことがわからなくなった。名字さんは、どうしておれに気持ちを伝えてくれたんだろう。
 戸惑って、驚いてるおれとは反対に、名字さんはもういいよ、って言って歩き出した。満足そうな顔の裏にあるもの足りなさげな感情に、おれはうっすらと気が付いたけれど、名字さんにどう伝えたら良いのか分からなくて、結局、何も言えなかった。


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 そのことをクロに相談したのは、その日の夜だった。モヤモヤとした感情を抱えたまま、勉強に集中出来るはずもなくて、仕方なくクロに連絡をとった。事のあらましを説明したら、クロは少し喜んでいた。それもそれで複雑な気分だったけど、今はクロの助言に従うことにする。

『研磨だって自分の気持ちを言えば良かっただろ?』
「いや……、それが出来なかったから、クロに言ってるんだけど……」

 クロの言葉に眉をしかめた。それが出来ていたら苦労なんてしない。あんな急に、自分の気持ちなんて言えっこない。そう思うと、ある意味では名字さんはすごい人だなって感じる。

『研磨だってあの子の事、好きなんだろ?』

 至極純粋に、まるでそうであるのが当然かのようにクロの声はそう言った。おれはちょっと動揺して、上手く答えられなかった。好きとかそういうのは、よくわからないし、めんどくさそうだなって思ったから。
 だけど、名字さんのことを思い出すとやっぱり、クロや翔陽なんかとは違う。この感じを上手く言い表せられない。そういうのが凄くモヤモヤとする。わざわざ試合に誘ったり、家まで送ったり、アップルパイ食べに行ったり、そういうのが自分らしくなくて、変な感じ。本当なら家でゲームしてるほうが楽しいはずなのに、目立ったりするのは好きじゃないのに、名字さんならいいやって思えるから、変なのはおれじゃなくて、もしかしたら名字さんのほうなのかもしれない。
 そんな風に考えて、結局、答えなんかないんだって気が付いて、考えるのをやめた。だけど、相変わらず頭の中から出ていってくれない名字さんに、おれは言い様のない奇妙さとくすぐったさを感じた。


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 おれの心配とは反対に、名字さんの態度は変わらなかった。というか、以前の彼女に戻った。元気で明るくて、おれとは真逆だ。好きだって言ったのが嘘だったみたいに、彼女はおれと平然と話をした。あの時の名字さんはおれの幻だったんじゃないかって思うくらいに。
 それでもたまに、ふとしたときに名字さんと視線が合って、その瞬間、名字さんは気まずそうな、だけど嬉しそうな顔をするから、多分、幻ではなかったんだと思う。彼女のそういう顔を見ると、心臓の奥の、普段眠っているような部分が、コンコンと身体をノックする。それがとても、歯痒くて、むず痒くて、困る。
 そんな日々が続く中、おれは自分なりに一生懸命考えてみることにした。自分でも珍しいことをしている自覚はあった。それでも一生懸命に彼女のことを考えた結果、名字さんは、やっぱり友達では困るなと思った。ただの友達では、困るなって。それは多分クロが何度も言うように、そういうことなんだと思う。認めるのは少し怖いし、戸惑うけれど、きっとそれはもう逃げることを許してくれない。あのときの真っ直ぐにおれを見つめる名字さんの瞳が、離れないから。だから、彼女がちゃんと気持ちを伝えてくれたように、おれも名字さんにちゃんと言わなくちゃだめなんだろうなって思ってテストが終わったその日の夜、彼女に連絡を入れた。部活のミーティングがあったから少し遅くなってしまったけれど。

『遅くにごめん。今、名字さんの家の近くの公園にいるんだけど、伝いたいことがあるから、来て欲しい』

 返事はすぐに来た。今すぐ行くという名字さんの返事に、おれは今更になって緊張したけれど、公園のベンチで彼女を待った。名字さんみたいに、ちゃんと気持ちを伝えられるかわからないけれど、せめて伝える努力はしたかった。

(15.12.08)