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 孤爪くんが合宿へ行ってから4日が経とうとしていた。彼が東京にいないせいか、今のところ私は例年と変わらない夏を過ごしている。しかし、夜になると好きな人から連絡が届くということは、私の今までの夏にはあり得なかったことだ。予想に反して毎日連絡を送ってくれるのは、黒尾先輩が孤爪くんにアドバイス的な何かをしているからなのだろうか。
 それが私も想像だけだったとしても、孤爪くんがそういう事を私のためにしてくれてるのかなぁと思うとそれだけで心がくすぐったくなって、そして幸せを覚えることが出来ていた。ああ、でも負担にだけはなってないといいな。そう思いつつ、本音はやはり嬉しくて黒尾先輩に感謝したくなってしまう。いや、本当に黒尾先輩から孤爪くんへアドバイスがあるのかどうかはわからないけれども。

「名前ちゃん……それはのろけだよ」

 ゴンちゃんは言った。カフェでのランチを終え、飲み物を口に含もうとした時のことである。

「え、そうかな? ごめん、つい」

 私は照れながら言う。

「いいよいいよ。私も話聞きたかったもん。それになんだか意外だなぁ。孤爪くんてそういうタイプに見えないもんね」
「でしょ! 私もそう思ってたんだ。私は嬉しいんだけどさ、普通どれくらいのペースで連絡取り合うものなのかな?」
「ううん……どうかなぁ。カップルにもよるだろうけど、問題ないなら良いんじゃないかな?」

 私も孤爪くんも、誰かと付き合うことは初めてだ。本やドラマでお付き合いの場面は何度も観てきたし、友達の恋バナだって聴いてるから、いつそれが自分に訪れてもなんとなくまあ大丈夫なんじゃないかな、なんて思っていた。なのにいざ実際自分が当事者になると、本もドラマも友達も、何と高度なことをやっていたことか! どういうのが普通だったりとか、どんな風に距離を縮めていくのか、そういうのが全然わからない。

「でも孤爪くんも名前ちゃんも、会いたくて仕方ないってタイプじゃないよね」
「うーん。そうだね、きっと。会えたらもちろん嬉しいけど、孤爪くんもバレー大変だろうし、無理はしてもらいたくないなぁ」

 今頃、孤爪くんは埼玉の学校でバレーの練習試合でもやってるのかなぁと考える。

「そう言うのも含めてさ、二人はなんていうか、凄く合ってる感じするよ。うん」
「そうかな? 嬉しいけどなんか恥ずかしいね」

 羨ましいぞこのやろう! そうゴンちゃんが嬉しそうに笑ってそう言ってくれるから、私は多分いま、人生で最高に幸せで、世界で一番に幸せ者なんだと思う。

「でもまだ孤爪くんが彼氏って変な感じするかも」
「変な感じ?」
「うん。なんていうのか……孤爪くんは孤爪くんっていうか。彼氏って言葉に慣れてないのかなあ? 彼氏ですって言うより、孤爪くんですって言いたくなっちゃう」

 そう。ゴンちゃんに言った通り、孤爪くんは孤爪くんだった。友人か恋人に変わって、変な口実をつけなくても連絡出来るようになって、出掛ける誘いだって出来て。ああ、私は孤爪くんと付き合っているんだと思えても、孤爪くんが私の彼氏、と考えると恥ずかしさが募るのだ。それと同時に、私が孤爪くんの彼女であるという事実が。

「きっとゆっくり恋人になっていくんじゃないかな」
「ゆっくり?」
「友達同士の時にゆっくり相手を好きになっていったようにさ。恋人初心者から少しずつレベルが上がっていって恋人マスターとかになったときにはきっと、孤爪くんは彼氏どころか将来の旦那候補くらいにはなってるんじゃない?」
「待って待って。恋人マスターがちょっとツボだったのと、レベルってそれちょっとナイスな例えで面白かったよ……いやでもそんななんかもう、将来とか、えー? ……うん、でもそうだね、ずっと一緒いれたらいいなぁって思うからいつから恋人マスターになりたいな」

 ゴンちゃんは微笑ましげに笑って「のろけ2回目、ごちそうさまです」と言った。
 孤爪くんに会いたくなる。きっと孤爪くんは私とゴンちゃんがこんな話をしているなんて思いもしないんだろうな。バレーボールのトスを上げている最中だろうか。それとも、休憩時間だったりするのかな。

「帰ってくるの楽しみだね」
「うん」

 孤爪くんは私に会いたいと思ってくれているだろうか。眠りに落ちる前の瞬間に、少しでも私が頭の中に登場できていたらいいな。

「実はさ、私もまだ二人のことは彼氏彼女っていうより"孤爪くんと名前ちゃんの"ほうがしっくりくるんだ」
「はは。やっぱりそうでしょ?」
「でもね。なんかいいなぁって思う。応援したくなって、孤爪くんと名前ちゃんを見てたら私も恋したくなる。二人はそういうカップルだよ」

 カランとコップの中の氷が踊る。ゴンちゃんの言葉に私の心が柔らかくなるのを感じた。夏は私たちのすぐ隣で燻っている。

(16.03.30)